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中島岳志「『リベラル保守』宣言」


この題名は聊かトリッキーに映る。というのも「保守」と「リベラル」は、普通は対立する概念であって、融合するものではないとされているからだ。特にこの一対の概念が政治的な対立軸として流通しているアメリカでは、「保守」は共和党、リベラルは民主党が体現しているということになっている。アメリカのこの二大政党は、アメリカ建国の理念を共有するという点で、共通の地盤に立っているともいえるのだが、政治的には互いに対立しあい、排斥しあうものとして受け取られているし、政党自らもそのように自己認識している。

著者の中島岳志が、この対立する概念同士を融合させて、「リベラル保守」というような新しい概念を提出するのは、日本の「保守」を名乗る勢力への強い疑念があるからのようだ。中島のいう保守とは、極端さを避けて漸進的に改革していくという姿勢を本質的な要素としているのに、いまの日本の保守は、「『構造改革』、『規制緩和』を叫び、制度の抜本的改造こそがすべてを解決するという根拠なきスローガンに踊らされつづけ・・・日本社会の秩序をギリギリのところで保全してきた被膜を、乱暴に破壊してきました」というわけである。

中島からすれば、こういうのは真正な「保守」とは言わない。保守はあくまでも、漸進的改革を志向するのである。

こうした表現で中島が想定しているのは、小泉政権や橋下流の政治手法のようで、安倍政権は言及されていないが、安倍政権も当然彼の批判の対象となることだろう。安倍政権ほど急激な改革や既成の秩序への挑戦を強く主張したものは過去にないからだ。

保守が、漸進的な改革をモットーとするとすれば、それがどのようにしてリベラルと結びつくのか。その辺の事情は、この本の中でははっきりとは書かれていない。単に保守と言うと、守旧的な反動を思い起こさせやすいので、保守といえども、漸進的にではあるが、社会の改革にやぶさかではないのだ、ということを、「リベラル」という言葉で表現したかったように見える。リベラルについての普通の受け取り方は、改革と言う点にあるわけだから、と。

それともうひとつ気になるのは、著者が保守を標榜しながら、一体何を守ろうとしているのかという肝心な点が、あまり明確ではないことだ。この本で著者が、保守について定義しているところは漸新性という点だけであると言ってもよく、保守本来が持っていた要素、つまり何に対して何を守ろうとするのか、そのへんがはっきりと明言されていないのだ。

中島が保守思想の元祖として言及しているバークは、フランス革命のような急激な改革から、イギリスの政治的伝統を守ろうとするものだった。その政治的伝統とは、イギリスの支配階級の利益に支えられていたわけだから、結局バークが守ろうとしたのは、イギリスの支配階級の利害だったということになる。こうした構図は、バークの時代のイギリスの保守思想に限らず、その後のどんな保守思想をも貫く共通の要素となってきたものである。

では、日本の保守が守るべき伝統とは何なのか、それが問題となるはずだが、中島はそのことには殆ど触れていない。わずかに福田恒存とか小林秀雄の名を出して、日本の伝統を暗示している程度だ。その伝統の内実がどのようなものであるかについては、ブラックボックスの状態に放置している。これは保守を論じる際には中途半端で非誠実なやり方と思えるのだが、それは中島が頭山満のような名前まで持ち出すことで、さらに際立って見える。一体、頭山が守ろうとした価値を、中島はどのように考えているのか、気になる所だ。

中島の言葉を字義通りに受け取れば、漸進的な改革とは、いまの状況を歴史的所与として、そこからすこしずつ改革していこうということになる。だとしたら、中島は日本国憲法を戴いたいまの日本の状況を、歴史的所与として、そこから漸進的に前進していくという道筋を、もっと明確に打ち出すべきだろう。とりわけ、安倍政権が登場して以来、戦後日本がたどってきた歴史を否定し、そのことによって現在そのものの意義をも否定しようとする動きが強まっているときにはなおさらのことである。

安倍政権は、中島の定義によれば、保守ではなく急激な改革勢力である。始末が悪いのは、その改革が未来に向かって前進的に展開していくようなものではなく、過去に向って遡及的に反動していくようなものだという点だ。安倍政権が狙っているのは、明治憲法体制への復古に他ならないと思われるからである。

ともあれ、中島の如き良心的な学者が、保守とリベラルの融和を強調しなければならないのは、日本の政治が陥っている深刻な不調を反映しているのだろう。




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