知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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性の言説化:フーコー「知への意思」


「知への意思」の第一章にフーコーは、「我らヴィクトリア朝の人間」という奇妙な題名をつけた。ヴィクトリア朝とは、イギリスでヴィクトリア女王が統治していた時代で、十九世紀のほぼ三分の二を占める長い期間をカバーしている。この時代を一言で特徴付けると、それは礼節の時代だったと言うことが出来る。人々は礼節を重んじる余り、下品な言動に極度に神経質になった。とりわけ性的な事柄を人前でほのめかしたりすることは、もっとも下品なことだとされた。この時代は、「女王様のあの淑女ぶった顔」(「性の歴史」渡辺守章訳、以下同じ)に象徴されるように、性的な事柄(セクシュアリテ)が極度に抑圧されていた時代だというふうに考えられているのであり、フーコーら二十世紀半ばのヨーロッパ人も、いまだにその抑圧の虜になっていると思われていた。

つまり、性はヴィクトリア朝時代以降、今日に至るまで、ヨーロッパにおいては抑圧され続けてきたというわけである。これについてフーコーは、「性がこれほど厳格に抑圧されているのは、とりもなおさず性が、全般的でかつ強化された労働への組み込みという事態と相容れないからである。組織的に労働力を搾取している時代に、それが快楽の中で四散するなどということを人は許容できたであろうか」(同上)と言って、もっともらしい理屈を施してはいる。

しかし、実際はそうではないのだとフーコーは言いなおす。「過去三世紀を、その不断の変化において捉えてみると、事態は大いに異なったものとして見えてくる。性のまわりで、性についての、文字どおりの言説の爆発がそれだ」(同上)。この傾向は、ヴィクトリア時代のイギリスにおいても変わらない。たしかに性そのものは抑圧されていたかもしれない、しかしそれは語られなかったということを意味しない。実際には、「性についての言説は・・・増殖することを止めなかった」のだ。とりわけ「十八世紀以来、性は、絶えず全般的な言説的異常興奮とでも呼ぶべきものを惹き起こしてきた」。その結果「性について、最も無尽蔵かつ熱心な社会があるとしたら、それは我々の社会に違いない」という事態に発展した。フーコーにとっての同時代のヨーロッパは、そうした性についての言説が過剰に氾濫する社会なのである。

ヨーロッパは何故、「性について、最も無尽蔵かつ熱心な社会」になったのか。これには二つの背景が絡んでいる、とフーコーは言う。ひとつは歴史的な背景である。ヨーロッパのキリスト教文化には、告白の文化とでも呼ぶべきものがあった。これはキリスト教が成立したときから働いていたもので、とりわけ修道院の内部で盛んに行われていたものであるが、その中心には性的な事柄について告白するということが含まれていた。性的な事柄は何よりも罪深いのであって、懺悔にあたっては真っ先に告白されなければならなかったのだ。こうした告白の文化は、十七世紀になると「キリスト教司教要綱」という形で洗練され、すべてのキリスト教信者に対して、性的な事柄を進んで告白するように義務付けられた。

もう一つの背景は政治的・経済的なものである。十八世紀のあたり、つまりブルジョワジーが政治的・経済的な権力を握った頃に、性についての言説が権力の最大の関心事となる。いまや性についての言説は、教会の中での告白という秘教的な形で行われるにとどまらず、公然と行われるようになった。それは、権力によって扇動される形で、大規模に行われる。さらに、そうした性についての言説は、権力によって管理されるべき対象となる。性的な言説は無秩序のまま放置されていてはならない、それは権力によって行政的に管理されねばならないのである。「人は性について、単に断罪されあるいは許容されるものとしてではなく、経営・管理すべきもの、有用性のシステムの中に挿入し、万人の最大の利益のために調整し、最適の条件で機能させるべきものとして語らねばならない。性は審判の対象となるだけではない。行政の対象なのだ。それは公共の力に属し、経営・管理の手続きを要求する。性は、十八世紀に、『ポリス』の仕事となる」(同上)

以上二つの背景のうち、フーコーがより重視するのは無論後者である。形式論的には、キリスト教の告白の文化に、十八世紀以降のブルジョワの権力が接木されて、性的な言説が社会にとっての支配的な現象となったと言えなくもないが、性的言説の管理はブルジョワジーによる権力行使の核心的な手段ということからすれば、キリスト教の告白の伝統がなかったとしても、ブルジョワジーはなんらかの形で告白に代わる性的言説の組織化を行ったに違いないからだ。

とはいっても、人間の集団というものは、それぞれ固有の文化とか伝統とかいうものを持っていて、そうしたものに制約されたものの見方や振舞い方をするものである。なにもないところに、突然新しい思考や行動の様式が生まれるなどということはありえない。フーコーのエピステーメー論は、エピステーメー相互の断絶性を強調することで、あたかもひとつのエピステーメーが無から突然変異的に成立すると主張しているようなところがあるが、それはありえない話であるし、フーコー自身もそのことを自覚するようになったようである。彼が、近代ヨーロッパ社会における性の言説化の爆発の背景として、ブルジョワジーの階級的な利害のほかにキリスト教の告白の伝統を持ち出したのは、そうした自覚を裏付けるものだろう。

そういう意味合いでフーコーが、性についての様々な民族・社会の取り扱い方を、「性愛の術」と「性の科学」という一対の対立概念で説明していることは興味深い。「性愛の術」というのは、性における快楽を重視するものであり、快楽を基準として性の真理を打ち立てる。快楽をもたらさない性は真理とはかけはなれている。本当の(真の)性とは快楽を引き出す性なのである。これに対して「性の科学」のほうは、必ずしも快楽にこだわらない。いやむしろ快楽を敵視するのが普通である。それは、性的な事柄をめぐる様々な現象を収集し、整理し、記述し、分析する。「性の科学」が性にまつわる様々な情報を得てきたのは、伝統的には教会における告白だった。告白(=懺悔)はだから、性についての真理を引き出すための貴重な儀式でもあったわけだ。だからこそ「我々(ヨーロッパ人)の社会は、異常なほど告白を好む社会になったのである」(同上)。というのも、「性の科学」を好んで実践しているものは、ヨーロッパ人以外にはないからである。

ヨーロッパ人が「性の科学」に熱心なことはさておくとして、フーコーは中国や日本を「性愛の術」が発達した社会だと見ているわけだが、果たして何を根拠にしてそう結論付けたのであろうか。フーコーは恐らく、中国の好色文学の伝統とか、日本の浮世絵春画を念頭においているのかも知れぬが、中国のことはいざ知らず、浮世絵春画を以て日本人が「性愛の術」に長けているとか、まして日本人すべてが好色だとか結論付けるのは乱暴というものだろう。日本人の中には好色な人間も無論いるが、好色でない人間もいる。むしろ、性については淡白な人のほうが多いはずである。少なくとも、日本人がフーコーの同胞であるフランス人より好色だという証拠はない。

話が脇道にそれてしまったが、フーコーの言いたかったことをもう一度確認しておこう。それは、近代ヨーロッパにおける性の言説化は、ブルジョワジーの権力行使の核心的な手段である、ということだった。ブルジョワジーは、人に性について語らせるよう煽り立てることによって、自らの権力を行使する。というのも、性とは権力に浸透された現象だからだ。このことについて、フーコー自身の言葉で語ってもらおう。

「本質的なことは、権力の行使の場における、性についての言説の増大である。性について語ることを、そしていよいよ多く語ることを、制度が煽り立てる。権力の諸決定機関の場では、性について人が語るのを執拗に聴こうとし、権力自らがのり出してきて、性については、はっきり口に出して言われた表現と、際限もなく累積していく詳細という形で、執拗に語らせようとするのだ」(同上)

ここでフーコーが言及している権力という概念の内包については、別の形で明かにする必要があろう。




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