知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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フーコーと本居宣長


ミシェル・フーコーと本居宣長を比較して論じるのは乱暴な企てかもしれない。一方は現代のヨーロッパ思想を代表する哲学者だし、もう一方は徳川時代の日本に生きたかなり意固地なところのある国学者である。お互いの存在を知る由もなかった。宣長にとってフーコーはまだ生まれていない西洋の人間であり、フーコーにとって宣長は、歴史的には先行者だが、存在しなかったも同然の人間だ。だがこの二人には、非常にわずかだが、共通点がないわけではない。その共通点を手がかりに、細い糸を手繰りながら、比較することができないわけではない。

そのわずかな共通点とは、二人がともに性愛に拘ったという点である。拘った挙句、性愛に本来の権利を取り戻させた。というのも、二人はいづれも、社会が性愛に課していた抑圧とか禁忌とかいう重石を取り除き、性愛というものが、本来的には人間の自然に根ざしたものだということを、明かにしようと努めたのである。フーコーにとっては、ヨーロッパ社会が18世紀以降現代に至る時代の中で、性愛を禁止と抑圧の対象にしてきたという現実があったし、宣長にとっては、性愛を無視する徳川時代の偽善的な雰囲気があった。二人はそういう雰囲気の偽善性と、それが歴史的に形成されてきた人工的なものだということを暴露することで、ともすれば永遠に所与の前提と思われていた考え方に風穴を開け、性愛を開いた視点で眺める態度の必要性を強調したのだった。

もっとも、同じく性愛と言っても、二人の重点の置き方は微妙に異なる。フーコーにとっては、復権の戦略的な目標となる性愛の形は男同士の同性愛であった。それに対して宣長の場合は、男女の性愛が主な対象となる。というより、宣長には同性愛は視界には入っていなかった。彼にとっての性愛、彼はそれを「恋」と呼んでいるが、その恋の内実とは男女の性愛なのである。

こうした区別が生じたことの背景には、フーコー自身が男同士の同性愛者だったということがあり、宣長には心がとろけるような(女性との)恋の体験があった。彼らは、自分のこうした行いや体験に対して、世間が白眼視している現実を前に、それはおかしい、同性愛を包み込んだ性愛や男女の心とろけるような恋は、人間の自然に根ざした尊い事柄なのだと主張したかったわけであろう。

そこで二人が、同性愛や男女の性愛に対する世間の白眼視をどのようにして克服しようとしたか。この点でも二人のとった方法には共通点がある。彼らは、こうした白眼視の根拠となった世間の人々の物の考え方・捉え方が、悠久不変の道理ではなく、歴史的に形成されてきた社会的な所産だと考えたのである。フーコーはそうした歴史的形成物をキリスト教道徳の成立と結びつけて論じている。人間の性に対して抑圧的なキリスト教道徳が、性愛とりわけ同性愛に対して抑圧的な態度をとらせるに至ったとしたわけである。

一方、宣長の場合には、外国思想が日本古来の風儀人情に影響を及ぼしたと考えた。宣長がいう外国思想とは、儒仏の考え方であり、宣長はそれを「唐こころ」と呼んでいる。この唐こころが、日本人のものの考え方に大きく影響し、男女の性愛を白眼視するようになった。ただ日本の場合には、西洋のキリスト教が性愛を強く抑圧したり禁止したりするのと比べれば、その度合いは弱かったと言える。日本人は、抑圧とか禁止ではなく、無視を以てしたのである。これは本家の唐の考え方が、性を無視することから来ているのであって、日本人はそれに倣ったに過ぎないと宣長は考えた。だから性愛の復権は、必ずしも儒仏の排斥とは結びつかなかった。儒仏には儒仏の本意を、性愛=恋には恋の本意を遂げさせれば、それですむという態度で臨んだのである。

もっとも、唐こころに対する宣長の態度にはかなり厳しいものがある。それが単なる道徳の領域で収まっておればまだしも、人間の生活全体を規律する道徳律になると、人間は息が苦しくなる。男が女を好きになり、女が男を好きになるのは、人間の自然に根ざした当たり前のことなのに、それが何かはしたないことのようにして、見て見ぬふりをする、そういう態度が宣長には我慢ならなかったのだろう。恋のすばらしさがわからぬ唐人は朴念仁であり、化け物のようなものだとまでいう所以であろう。

その宣長が男女の性愛を語るときには、当然女の視点への配慮がある。男女の性愛をテーマにした文学と言えば無論「源氏物語」を筆頭に上げねばならぬが、これこそ女の手によって書かれたものである。性愛の根底には、宣長によれば、「もののあはれ」を知る心があるわけだが、それこそ女童にもっとも純粋に現れるものなのだ。そんなこともあって、宣長の議論には女の視点が一つ貫いている。これは宣長が愛する女から恋を学んだという経緯を考えれば、必然の成り行きともいえよう。

これに対して、フーコーの語る性愛には、女の視点が含まれているとは、必ずしもいえないようである。それどころか、フーコーは、男同士の同性愛こそ性愛の最も純粋で尊いあり方だと考えているフシがある。彼が性愛を語るときには、男女の性愛は語らずもがなのこととして、ほとんどスルーしてしまう。一方、性愛が社会の迫害の対象となる点について語り出すと、そのもっとも極端な迫害の対象として同性愛を持ち出すことで、男同士の同性愛こそが、性愛の究極的な形なのだと主張しているように聞こえるのである。

繰り返すようだが、性愛をめぐる二人のこうした姿勢の違いは、一方が男同士の同性愛に耽溺し、もう一方が男女の間のとろけるような恋におののいたという、体験の相違に由来すると考えられる。




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