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ゼノンとストア派の哲学


ゼノンに始まるストア派の哲学は、ヘレニズムからローマ時代にかけて、もっとも広範な影響力を持った思想的流れである。キケロやセネカ、エピクテトスといったローマ時代を代表する思想家たちはみなストア派の哲学者であるし、哲人皇帝として知られるマルクス・アウレリウスも、政治上の実践を別にすれば、ストア派の思想を展開し実践しようとした人物だった。

ストア派に代表されるヘレニズム・ローマ時代の思想は、キュニコス派や懐疑派、またエピキュリアンの思想も含めて、個人の徳というものに大きな比重を置いていた。その個人とは、デカルト以降現れるような、宇宙の中心として直接神と向き合う自立した個人の概念とは程遠いものではあったが、プラトン以前の思想家たちが人間の個人としての価値を殆ど認めなかったことに比べれば、この時代に現れた一種の個人主義は、歴史上の大転回ともいえることだったのである。

ストア派の哲学はゼノンからマルクス・アウレリウスまでについてみても、数百年の期間にわたっている。その間、ストア派の思想は次第に変貌したことが伺われるのであるが、その核となる部分、主に倫理な部分についてはあまり変わらなかったと思われる。

ゼノン自身は膨大な著作を著したとされるにかかわらず、今日ではいくつかの断片が残されているばかりなので、どこまでがゼノンの思想でどこからがその後に加えられたものなのか、詳しく知るすべはない。ここではストア派の中核となる思想を取り上げ、それがゼノン自身主張した説なのであろうと前提しながら、ゼノンに始まるストア派の思想の骨格をみてみたい。

ゼノンは紀元前335年頃キプロス島のキティオンに生まれた。フェニキア人だったとされるが確証はない。いづれにせよギリシャ人ではなかった。ストア派の思想は非ギリシャ的といわれるが、それは始祖ゼノンの非ギリシャ的体質に根ざしてもいるのだろう。またその後、ストア派の思想を支えたのはギリシャ人ではなく、主にローマ人だったのである。

ゼノンは若い頃は船乗りであったらしい。ディオゲネス・ラエルティオスによれば、彼は紫の染料を積んで航海していたときペイライエウスで難破した。そこでアネナイへ出たが、そこでキュニコス派のクラテスと出会い、その生き様や思想を学んだ。後にはさらにメガラ派のスティルボンやアカデメイア派のクセノクラテスの弟子にもなったが、最初に出会ったクラテスの影響が彼の生涯に決定的な影響を及ぼした。

犬儒クラテスから感化されたことを思わせるゼノンの生き様を、同時代の詩人が次のように歌っている。(岩波文庫「ギリシャ哲学者列伝」より引用)

  肌を刺す冬の寒さも、果てしなく続く大雨も
  燃える太陽の輝きも、恐ろしい病気も、この人をへこたらせはしない
  また、大衆のお祭騒ぎも、彼の心をとらえはしない
  いな、この人は倦むことなく
  夜も昼も、人びとを教えることに専心してきたのだ

ゼノンは50歳の頃、自分の新しい哲学に自信を深め、アテネに学校を開いた。その学校はストア・ポイティケー「彩られた柱堂」と呼ばれていた。そこから彼の学派はストア派とかゼノンの徒と呼ばれるようになったのである。ゼノンの死後は、クレアンテスとクリュシッポスが相次いで学校を引継ぎ、ストア派の思想を広めていった。

ゼノンはギリシャ人の愛好した形而上学的な議論には全く関心を示さなかった。またプラトンのイデア論や魂の不死説も彼には我慢がならなかった。ゼノンは基本的には唯物論者であったと思われる。

ゼノンは、すべての存在は物質的なものであって、非物質的なものは存在しないという見解にたっていた。人間の感覚や思考も物質的なものを経て現れる。それは物質に起源を持っているのであり、物質から離れた純粋に観念的なものなどナンセンスに過ぎない。神でさえも、物質と離れては存在しない。それは、物質の存在や生成に方向性を付与する自然的な原理、つまり一般法則のようなものなのであり、物質に内在するものなのだとされた。

ゼノンは自分の自然観をヘラクレイトスの説にもとづき構築していた。宇宙には最初火だけがあった。ついで空気、水、土が生じてさまざまなものが生成された。だが宇宙にはやがて終末が訪れ、すべては再び火に戻るだろう。これは一回限りのことではなく、永遠に繰り返される。宇宙の歴史は火を原理にした万物流転の過程なのである。

この宇宙には偶然というものは存在しない。自然の動きはすべて、自然法則によって厳密に決定されている。どんな結果にも、それをもたらした原因がある、しかもその原因は物質に内在するものである。こうした唯物論的な考えと宇宙的決定論とがゼノンの主張の骨格をなしていた。

だがゼノンの思想の要諦は、自然に関するものよりも、人間の倫理をめぐるものにあった。

ゼノンの倫理思想は、宇宙的決定論と人間の自由を対立軸にして展開される。決定論が支配しているところに、自由が入り込む余地があるのか、後世の立場からすれば、こうした疑問が出るかもしれない。しかしゼノンにあっては、宇宙的決定論と個人の自由は矛盾なく共存できる。

宇宙は本来無駄な動きはせず、自然の法則は合理的なものなのである。この自然の摂理をゼノンは神と言い換える。神は宇宙に内在して、すべてを不変の法則にしたがって生起させる永遠の必然性である。それは宇宙の秩序を保ち、善を勧め悪を戒める全き智恵である。人間もまた世界の一部分として、世界と調和し、自然にしたがって生きるように定められている。そのことのうちには外在的な強制はなく、むしろ人間は自然にしたがって生きることのうちに、真の自由を感ずるようにできているのだ。

ここから「自然に従え」とか「自然と一致して生きよ」という、ストア派の道徳原理が導き出されてくる。人間にとっての最高の善は徳であるが、それは自然に従って生きることにある。

真に善である徳は人間のうちにある。人間はその徳を自然と調和する生活のうちに実現できる。個別者としての人間が全体としての自然と調和することこそが重要なのだ。だから我々の生活にあっては、個別的な快楽や欲望を脱却して、全体としての自然の摂理に同化することが求められる。健康とか幸福、財産などは、自然に調和して徳を実現することに比べればどれも取るに足りないことである。人間はこうした世俗的な欲望から自らを解放することのうちに、真の自由を獲得できるのだ。

ストイックという言葉が「禁欲」を意味するように、ストア派の生き方が厳しい禁欲に支えられているのは、このような思想的背景にもとづくものである。ストア派の理想とする賢者は、現世的なものから超脱して、宇宙の摂理に乗っとって生きる。賢者のそうした態度は「アパテイア」と称され、現世への無関心と永遠への希求からなっている。

こうした倫理的側面がストア派の思想の中核をなしていくのであるが、ストア派にはほかに、その後の西洋思想に与えた重要な影響がいくつかある。

その一つは認識論にかかわるものである。感覚と悟性との関連については、ソクラテスの弁証法とアリストテレスの認識論が一定の考察を加えていたが、ゼノンはそれを唯物論的な方法をもってとらえなおした。ゼノンは人間の感官にあらわれるさまざまな感覚・知覚について詳細な分析を加え、感覚の明証性や知覚の誤謬について考察した。その結果、知覚にもとづいて確実に知りうることと、そうでないものとの区別について、新たな発見をした。これは後に科学的な態度と結びついていくのである。

知覚の対象の中には、ゆるぎない明証性をもつものがあり、我々の思考の中にはそうした明証性を前提にして、ゆるぎない論証を保障するものがある。このゆるぎない明証性に支えられた論理の体系が、人間の知の枠組みを形成しているのだ。

こうしたゼノンの考え方は、デカルトの明証性の議論にも影響を及ぼした。また、近代に至って自然法という概念が重要になってくるが、ラッセルによれば、これもストア派の説を復活させたものである。

世の中には何人にも否定し得ない普遍的な原理がある。それは自然の摂理そのものを体現している。ストア派は、「すべての人間は平等である」というのを、そうした普遍的原理のひとつとした。この考えは近代に至って、自然法の第一原理とされるようにもなったのである。




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