知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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超越論的ということ:カントの純粋理性批判


20数年ぶりにカントを読みなおそうとしてはたと思ったのは、どんな日本語訳を選んだらよいかということだった。筆者はドイツ語に堪能ではないので、原文でスラスラ読むというわけにはいかない。そこで以前読んだ岩波文庫版はどうかというと、これがかなり問題ありという評判だ。篠田英雄の訳したこの本は、日本語の表現が堅苦しいことはともかくとして、カント哲学の根本となる概念の用語が適切に訳されていないという批判がもっぱらなのである。その代表的なものは、トランツェンデンタールというドイツ語を、先験的と訳している事である。

トランツェンデンタールは棒訳しても「超越的」とするのが普通だろう。それを篠田英雄はわざわざ先験的と訳している。しかし先験的と言う言葉では、カントのこの概念は正確には伝わらない。カントはこの言葉を、経験に先立つという意味あいで使わないこともないが、それより広いニュアンスで使っている。そのニュアンスを表すにはやはり、先験的という言葉ではなく、超越的と言う言葉が相応しい。

というわけで、筆者はどんな人による日本語訳がよろしいか色々当ってみたところ、中山元と言う人の訳が良かろうという判断をした。この人の訳による「純粋理性批判」は、光文社文庫から7冊揃いで出ている。そこで筆者は早速此の本をアマゾンで取り寄せ、20数年ぶりに読んだ次第なのであった。

トランツェンデンタールな認識についてカントが語っている部分を、中山元は次のように訳している。「わたしは、対象そのものを認識するのではなく、ア・プリオリに可能な限りで、わたしたちが対象を認識する方法そのものについて考察するすべての認識を、超越論的な認識と呼ぶ」(純粋理性批判序論)

この文脈では、超越論的な認識とは、私たちが対象を認識する方法について考察するすべての認識といっている。つまり対象そのものではなく、対象に向かっている私たちの意識の内容に考察を向けること、それが超越論的なのだといっている。その認識が経験に先立つなどとはいっていない。というより、経験の真っただ中にある意識の中身に考察を向けること、それが超越論的な認識なのだと言っているわけである。

ちなみに、当該の箇所を篠田英雄は次のように訳している。「私は、対象に関する認識ではなくむしろ我々が一般に対象を認識する仕方~それがアプリオリに可能である限り~に関する一切の認識を先験的(transzendental)と名づける」

これでもトランツェンデンタールの内包するものがわからぬではないが、それがなぜ先験的という言葉で表されるのか、かならずしも明確でない。篠田英雄はもしかしたら、アプリオリという言葉の連想から先験的という訳語が相応しいと思ったのかもしれない。

カントにとって超越論的とは、いま現に働いている自分の意識を超越したところ、つまり一段の高みからその意識を考察する態度のことをいう。いわばメタ意識の活動であると考えてよい。

これはデカルトの自意識と似ている点もあるが、厳密には違う。デカルトの自意識は対象について認識している自分の意識について意識するものであったが、その自意識そのものは対象とは切はなれた独立した実在としてとらえられた。対象は外的世界として、意識は内的世界として、相互浸透を許さないほど対峙しあっていた。

ところがカントの超越論的な意識は、対象とそれに向かう意識とを渾然一体の現象としてとらえる。意識は対象と出会いながら、そこに意識に備わったアプリオリな能力をかかわらせながら、対象の認識を行う。その認識のプロセスを明らかにするのが、超越論的な意識なのである。

したがって、とカントはいう。「わたしたちはこの研究を<学説>ではなく、超越論的な<批判>と呼ぶことができるだけである。それはこの学が認識そのものを拡張することではなく、認識の是正を目的としているからであり、すべてのアプリオリな認識に価値があるか価値がないかを試す試金石となるべきだからである」

つまりカントの目指しているのは、人間の認識内容を壮大な体系として展開することではなく、人間の認識のプロセスとその限界とを明らかにすることなわけである。人間の認識の限界を明らかにするという問題意識は、極めて批判意識に富んだものだと言える。それでこそカントは、自分の哲学を批判と名づけたわけなのだろう。

カントのこの問題意識はやがてフッサールに受け継がれ、現象学となった。フッサールはエポケーという手続きを経て認識の対象を実在的なものと取り違える自然な態度をカッコに入れ、その後に認識のプロセスを一段と高い次元から考察したのである。




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