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ディオニュソス的なもの:ニーチェ「悲劇の誕生」


「悲劇の誕生」は、ニーチェの著作の中では別格扱いされることが多い。処女作だということを別にしても、扱っているテーマがギリシャ悲劇を軸にした芸術論であり、またヴァーグナーとショーペンハウアーの影響が顕著である。この著作自体がヴァーグナーに捧げられている。しかし、枝葉の部分をカッコに入れ、全体の樹幹にあたるところをよくよく見ると、ここでニーチェの論じているテーマが、その後のニーチェの思想の大枠を先取りしたような形になっていることが見えてくる。そうした意味でこの著作は、ニーチェが初めて自己の思想の輪郭を提起したものだと言えるように思う。つまりニーチェにとっての文字通りの処女作、生涯をかけて追及することになるテーマを始めて提起した著作、そういえるのではないか。

この著作の中でニーチェが取り上げているテーマは、大きくいって二つある。ひとつは「ディオニュソス的」という言葉であらわされる、人間の中の原始的・本能的な部分についての着目、もうひとつはソクラテス批判の形をかりて展開される反合理主義的な立場である。この二つは密接に絡み合っている。ディオニュソス的なものの強調は反知性主義をポジティブな形で主張するものであり、ソクラテス批判は反合理主義の立場をネガティブな形で主張するものであるからだ。ニーチェはこの著作の中で、ギリシャ悲劇を材料に使いながら、実は人間性一般についての反合理主義的、反知性主義的な考え方を打ち出すことで、近代ヨーロッパにおける合理主義的・主知主義的な考え方に、全面的に挑戦する構えを見せた、そのようにとらえることができる。

そこで、ニーチェがここで展開している「ディオニュソス的なもの」と「ソクラテス批判」の概要を押さえておきたい。まず、「ディオニュソス的なもの」について。

「芸術の進展はアポロ的なものとディオニュソス的なものとの二重性に結びつけられている・・・ギリシャ世界には、起源と目標とに従って、造形芸術家の芸術すなわちアポロ的な芸術と音楽なる非造形的な芸術すなわちディオニュソス的な芸術との間に大きな対立がある。たいていは互いにあきらかに反目しあいながら、互いに刺激しあっては、ますます強健に新たな出産をつづけ、しかもその中に、「芸術」という共通の言葉によって単に見かけだけ橋渡しされている、あの対立の闘争を永遠化しつつあるのである」(「悲劇の誕生」安倍賀隆訳、以下同じ)

これは「悲劇の誕生」の冒頭の部分だ。ここでいわれているように、「ディオニュソス的」なものは孤立したものとしてではなく、「アポロ的なもの」との関係において捉えられている。「ディオニュソス的」なもの、「アポロ的なもの」それぞれが、固有の内実をもってはいるが、それのみでは芸術の原理にはなりえず、この二つが緊密にからみあってこそ初めて理想の芸術が生まれる、というように捉えられている。

そこでこの二つの原理の固有の内実に着目すると、この部分では、アポロ的なものは「造形芸術家の芸術」、「ディオニュソス的なもの」は「非造形的な芸術」というふうに表現されているが、これを噛み砕いて言えば、造形的なものとは、世の中の混沌に秩序をもたらして形あるものとしてまとめあげていくような原理であり、一方非造形的なものとは、混沌をそのままにストレートに表現するものである。音楽はその典型だとされる。

アポロ的なものもディオニュソス的なものも、それだけでは理想の芸術にはなりえない。アポロ的なものだけでは形式主義に陥るであろうし、ディオニュソス的なものだけでは混沌たる無秩序があらわれるだけであろう。したがってディオニュソス的なもののなかに潜んでいる混沌たるエネルギーをアポロ的な形象を通じて表現することで、秩序と無秩序の融和をはからねばならない。この二つの原理は、あくまでも一体的に作用して初めて十分な効果を発揮するのである。

ニーチェによれば、ギリシャ悲劇とは、この二つの原理、アポロ的なものとディオニュソス的なものとが理想的な形で融合した結果生まれたものであった。爆発する情念としてあらわれるディオニュソス的なものをアポロ的な形象世界に融和させたもの、それがニーチェにとってのギリシャ悲劇なのである。

「我々はギリシャ悲劇を、絶えず繰り返しアポロ的形象世界において爆発するディオニュソス的コーラスとして理解しなければならない」

ニーチェはこういう言い方で、アポロ的なものとディオニュソス的なものとをほぼ同格の原理として扱っているのだが、こういいながらも、ギリシャ悲劇にとってより本質的な要素がディオニュソス的なものにあると認識していたのは間違いない。というのも、コーラスを最大限に取り込んでいるアイスキュロスとソフォクレスの作品については、それらをギリシャ悲劇の典型として高く評価しながら、エウリピデスの作品はそうではないといっているからである。その理由は、エウリピデスの作品がディオニュソス的な原理を締め出し、もっぱらアポロ的(理性的)な要素ばかりを強調しているからだという。

「"一切は、美しくあらんがためには、理性的ならざるべからず"という彼(エウリピデス)の美学上の原則は、すでにわたしが述べたように、"一切は、善ならんがためには、意識的ならざるべからず"というソクラテスの原則に並行する命題である。したがって我々はエウリピデスを美学的ソクラテス主義の詩人と見做していいわけである」

このような形で、ソクラテスが批判の対象として登場する。ソクラテスは、世界における合理的な要素だけを重んじ、本能や情動などの非合理的な要素を排除した。ところがこの世界の本質はそんなものではない。非合理的な要素を排除した後の世界は、本物の世界ではない。そういってニーチェは、ソクラテスを悪しき合理主義の先駆者として位置付けるわけである。

「あらゆる生産的人間においては、本能がまさに創造的・肯定的な力であり、意識は批判的かつ諫止的に振る舞うのであるが、ソクラテスにおいては本能が批評家になり、意識が創造者になる~これこそまさに欠乏から生まれた怪物」

こうしたソクラテスという人物は人間の歴史の中で生まれた特異な現象ではない。それどころか、彼が現れて以降、彼の主張するところの妄想が真の現実にとってかわってしまった。

「ソクラテスという人物において世に初めて現れた、一つの意味深長な妄想・・・思惟は因果律という導きの糸を手繰って深淵の中にまで到達し、かつ思惟は存在を単に認識するばかりでなく、さらにそれを修正することもできる、というあの不動の信念である」

このようにいって、ニーチェはソクラテスが持ち込んだ合理主義の態度が、人間の歴史の歩みをいかに毒してきたかについて、仄めかしているわけである。もっともこの本は、表向きはギリシャ悲劇を扱ったものであり、したがって悲劇とその作者たちが当面の材料であって、ソクラテスはその補強資料のようなかたちで言及されているばかりなので、本格的なソクラテス批判にはなっていない。

同じように、ニーチェが本格的な批判の対象として目指しながら、この本の中で触れなかったものがある。キリスト教道徳である。ソクラテスが合理主義を掲げることでディオニュソス的なものの息をとめたとすれば、キリスト教道徳は人間性一般を破壊するような作用を果たした。その辺の事情についてニーチェは、1886年に書いた序文"自己批判の試み"の中で次のように書いている。

「当時わたしの本能は、生を弁護する本能として道徳に反抗し、そして生の根本的な反対説・逆評価、純粋に芸術的な説、反キリスト教的な説を考え出したのである。それを何と名づけるべきか・・・わたしはそれをディオニュソス的と呼んだのである」(自己批判)

つまり、自分がディオニュソス的と呼ぶ原理を持ち出した究極的な理由は、反キリスト教を支える原理としてであった、というわけである。これは後になってからの言訳であるから、かならずしも執筆当時の事情を正確に反映したものではないかもしれぬが、それにしてもニーチェが、「悲劇の誕生」を書いた時点で、キリスト教批判をターゲットにしていたといっているのは興味深い。

ソクラテス批判については、ニーチェは「この人を見よ」のなかで改めて取り上げ、次のように簡単にまとめている。

「ソクラテスがギリシャ解体の道具として、典型的デカダンとして初めて看破されている。本能に刃向う"理性主義"である。徹底的な"理性主義"が危険な、生命をくつがえす力として見られている!――本全体にキリスト教に対する深い、敵意のこもった沈黙がある。キリスト教はディオニュソス的でもアポロ的でもない。それは一切の美的価値~"悲劇の誕生"が承認する一切の価値を~否定する」(「この人を見よ」氷上英弘訳)

以上、「悲劇の誕生」は、ニーチェ哲学の大きな要素である反合理主義・反知性主義及びキリスト教批判が、萌芽的に展開されたものだといってよい。




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