知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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神は死んだ:ニーチェのニヒリズム


あらゆる価値の転倒を図ったニーチェにとって、「神の死」という命題は、究極的であるとともに根本的なものでもあった。何故なら神こそはあらゆる価値のなかでも究極的なものであるし、また根本的なものでもあるからだ。その究極的で根本的な価値である神が没落することで、世界は意味をはく奪されて無意味のものとなる。無意味即無価値というよりは、没価値というべきかもしれない。というのも、無意味という言葉は意味を前提としているのに対して、ここでは意味そのものがなくなるわけだから、無価値というよりは没価値と言う方が相応しいだろうからである。

こうなると、この世界にはニヒリズムが、デカダンスが支配するようになる。ニーチェにとってニヒリズムは、とりあえずは既成のあらゆる価値が否定されて、没価値になることを意味するが、それにとどまらず、既成の価値に囚われない新しい価値を発明するためのスタート台としての意義をも持っている。晩年のニーチェが没頭した「力への意思」の哲学は、ニヒリズムの徹底分析と、そこからの新たな価値の創造を展望した営みなのだと言える。

ニーチェが初めて「神の死」に言及するのは「悦ばしき知識」のなかでである。この中の一節でニーチェは、「神が死んだ」と叫びながら歩く一人の狂人の寓話を持ち出すのである。

「諸君はあの狂気の人間のことを耳にしなかったか、~白昼に提灯をつけながら、市場へ駆けてきて、ひっきりなしに『おれは神を探している! おれは神を探している!』と叫んだ人間のことを。~市場には折しも、神を信じないひとびとが大勢群がっていたので、たちまち彼はひどい物笑いの種となった。『神さまが行方知れずになったというのか?』と或る者は言った。『神さまが子供のように迷子になったのか?』と他の者は言った。『それとも神さまは隠れん坊したのか? 神さまはおれたちが怖くなったのか? 神さまは船で出かけたのか? 移住と決め込んだのか?』~かれらはやがてがやがやわめき立て嘲笑した。狂気の人間は彼らの中にとびこみ、孔のあくほどひとりひとりを睨みつけた。『神がどこへ行ったかって?』と彼は叫んだ。『おれがお前たちにいってやる! おれたちが神を殺したのだ~お前たちとおれがだ! おれたちは皆神の殺害者なのだ!』(「悦ばしき智慧」信太正三訳、以下同じ)

ここでこの狂人は、もはや神を信じていない人々に向かって、神が死んだということと同時に、その神を殺したのはほかならぬ自分たち~お前たちとおれ~だということを宣言する。その言葉には、何か大事なものを失ったときの喪失感のようなものが込められている。何故そうなのか。神が死んだことはむしろ、狂人としてのニーチェにとって喜ばしいことではなかったのか。

たしかに悦ばしいことには違いないのだが、しかしその悦ばしいことの意味を、人々はまだ理解できる状況に至っていない。神が死んだことによって、どのような事態が現れるか、だれもまだわかっていないのだ。それ故神が死んだと告げられても、それをまともに受け取れないで、半分茶化しながら受け止めるほかはない。その辺の歯がゆさを、狂人は次のように表現する。

「『おれは早く来すぎた』、と彼は言った。『まだおれの来る時ではなかった。この恐るべき出来事はなお中途にぐずついている~それはまだ人間どもの耳に達していないのだ。電光と雷鳴には時が要る、星の光も時を要する、所業とてそれがなされた後でさえ人に見られるまでには時を要する。この所業は、人間どもにとって、極遠の星よりもさらに遥かに遠いものだ~にもかかわらず彼らはこの所業をやってしまったのだ!』」(同上)

ここで狂人は、出来事の結果が伝達するのに時間がかかるように、神が死んだという事実が人々の耳に入るまでには時間がかかる、自分はだから、早く来すぎてしまったのだ、という。つまり、神はいま死んだばかりなので、人々はその事実のみならず、その結果あらわれるべき事態がどんなものなのかについても想像することが出来ないのだ。

だがやがて神の死の事実が広く知られるようになり、その意義について考えられるようになるならば、神なき後の世界についての新しいビジョンが考えられるようにもなろう。それ故我々は神の死を、素晴らしいこととして受け入れなければならない。

こうニーチェが考えていただろうことはほぼ間違いない。というのも、後年「悦ばしき知識」に追加された章の冒頭で、ニーチェは次のようにいっているからである。

「われわれ哲学者であり『自由な精神』である者は、『古い神は死んだ』という報知に接して、まるで新しい曙光に照らされでもしたような思いに打たれる。われわれの胸は、このとき、感謝と驚嘆と予感と期待とに溢れみなぎる、~水平線はついに再びわれわれに開けたようだ、まだ明るくなっていないにしても。われわれはついに再び出帆することが出来る、あらゆる危険を冒して出帆することができるのだ。認識者の冒険のすべては、再び許された。海が、われわれの海が、再び眼前に開けた。おそらく、こんなに『開けた海』は、かつてあったためしはないだろう」(同上)

ここでいまひとつ明らかでないのは、「われわれが神を殺した」といっておきながら、何故、どのようにして殺したのかについては何ごとをも語らず、神はあたかも自分から自然と朽ちてなくなっていったかのような書き方をしていることである。狂人のいうように市場にいる人たちが自分たちの手で神を殺したのなら、彼らが神の死を知らない筈はないのに、彼らの耳にはまだ神の死の事実が伝わっていないというような書き方をしているし、狂人にしても、死んだ神を市場に探しに来るのは無駄なはずだからだ。

神の死という事実があまりにもショッキングで人を圧倒するほどのものなので、ニーチェといえども思考が惑乱してしまったのかもしれない。強烈な現象を前にすると人間は、手足のみならず脳髄まで震えてしまうものなのだろう。

ともあれ、この部分はニーチェが神の死を公に宣言したところだ。神の死が確認できれば、次は神なき後の時代をどのように作り上げていくかが問題となる。ニーチェの晩年がその解決のために費やされたことはいうまでもない。今日「権力への意思」という題名でまとめられている遺稿集は、その努力の後であるといえる。




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