知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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エラスムスと北方の人文主義


アルプス以北の北ヨーロッパにルネサンスの動きが広がったのは、イタリアよりはるかに遅れてであった。しかもそれはやがて始まる宗教改革の運動に飲み込まれていくので、期間としては短いものではあったが、イタリアとは異なった、独特の様相を見せた。中世以来の民衆文化と深く結びつき、民衆文化の持つエネルギーをカトリック教会の束縛から解放したという側面である。

北方のルネサンスは、フランソア・ラブレーの文学やペーター・ブリューゲルの絵画芸術にその特徴が最もよく現れている。そこには民衆のエネルギーが爆発しているのであり、宗教も含めて既成の秩序を解体し、この世界をカーニバル的な祝祭感覚の中で、再構成しようとする意思が働いている。

北方ルネサンスを思想的な面で代表するのは、エラスムスとトーマス・モアである。どちらも、宗教と深くかかわり、人文主義の精神を以て、既成のカトリック教会を刷新し、人間に自由な精神を取り戻させようとする意気に満ちていた。しかしその思想はそんなに根の深いものとはいえず、結局最後には、時代の流れに置いてきぼりにされてしまった。

北方のルネサンスを特徴付ける人文主義とは、まず聖書の文献学的な再解釈という形をとった。彼らはカトリック教会が伝えてきた聖書の精神がそもそもの原始キリスト教の精神とかけ離れてしまっているのではないか、そう考えたのである。当時のカトリック教会を毒していた腐敗の数々は、そもそものキリスト教精神を忘れ去ってしまったことに、その根があるというわけである。

北方の人文学者たちは、聖書理解に際して、新プラトン主義と結びついた。新プラトン主義における人間理解と、聖書の人間理解とは共通するものがある、そう考えた上で、彼らは聖書をギリシャ語やヘブライ語から読み直すことを始めた。

エラスムス (1466-1536) もこういう伝統を踏まえて、ラテン語やギリシャ語を学び、パウロの時代の原始キリスト教の精神をもう一度甦らせようとした。彼はキリスト教理解に当たって、スコラ哲学に依拠するのではなく、アウグスティヌスを始めとした、古代の教父たちに帰ることが必要なのだと説いた。

エラスムスは当代のキリスト教を激しく攻撃した。その対象は、ローマ教会であり、修道院であり、スコラ哲学者たちであった。

エラスムスの仕事には、こうした時代批判の要素が強いのであるが、彼にはもうひとつ、ヨーロッパ中世の滑稽文学を復活させたという功績もある。彼の主著「痴愚神礼賛」は今日でも世界中で読まれている古典であるが、それは痴愚神に舌鋒を借りた単なる時代批判にはとどまっていない。もしそうなら、こんなにも現代人に読まれることはないだろう。

ヨーロッパ中世には、脈々とした笑いの伝統があった。それは民衆の生活に根ざした笑いである。民衆は季節の節々にさまざまな行事を催し、その中で腹の底から笑うことによって、生活にリズムを盛り込んでいた。滑稽文学もこうした笑いの伝統長上にあったものと考えられる。こうした民衆の笑いは、正統のカトリック教義にとっては、とかく異端と受け取られ、抑圧の対象とされてきた。

ルネサンスが、カトリック教会の抑圧を取り払うや、地下水脈のように生き続けてきた民衆の笑いの文化が、一気に表面に吹き出てきたのである。エラスムスの滑稽精神は、こうした時代の流れの中でとらえる必要がある。





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