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スピノザの政治思想


スピノザには政治を論じた著作が二つある。ひとつは「神学・政治論」であり、彼の生前に刊行された唯一の体系的著作である。二つ目は「政治論」であるが、これは「エチカ」執筆後に書かれ、死後遺作集のなかに収められた。同じく政治を論じており、思想的な内容には共通するものがあるが、構成や問題提起の面で、多少の相違がある。

スピノザが「神学・政治論」を執筆した時期は、オランダはスペインから独立して共和制の政治が行われ、ヨーロッパでもっとも自由な国であった。それでも政治的な抗争は存在し、カルヴァン派と結びついたオランイェ公の一派と、ヤン・デ・ウィットを中心とする州会派との間で、熾烈な勢力争いが続いていた。

ヤン・デ・ウィットはきわめて自由主義的な思想を持っていて、政治と宗教との分離、教会に対する国家の優位を主張していた。これに対してカルヴァン派は、イギリスにおける清教徒革命の影響もあって、政治と宗教との融合を目指し、カルヴィニズムに基づく政治のあり方を追求していた。

カルヴァン派は、デ・ウィットを無神論者だとして激しく批判し、その政権を転覆させようと執拗な攻撃をかけてきたが、これに対してデ・ウィットは自由主義的な思想家たちを動員して、カルヴィン派の主張を論駁しようとした。そのなかに、スピノザも含まれており、「神学・政治論」もそうした実践的意図に基づいて書かれたのである。

「神学・政治論」は聖書の批判的研究という体裁をとっている。スピノザの時代にあっては、カトリックはもとよりプロテスタントにとっても、聖書は絶対的な権威を持っており、世界を解釈するについての導きの糸であった。だから政治も聖書の教えるところにしたがって行われねばならない、これがカルヴァン派の主張であった。

これに対してスピノザは、聖書を歴史上の書物として捕らえなおした上で、そこに書かれている内容を、批判的に検討する。そして特に旧約聖書を対象に行った検討をもとに、スピノザは、聖書に書かれている内容と、自由主義的体制の国家とは両立するのだという結論を導き出す。

この書物のなかでスピノザは、神学者たちの偏見を指摘し、哲学と神学を分離する。そして教会に対する国家の優位を主張し、思想と言論の自由を確立しようとした。こうすることで偏狭なカルヴィニズムを反駁し、デ・ウィットの進める自由主義的な政治を擁護しようとしたのである。

「神学・政治論」が実践的な意図に基づくポレミカルな書物だったとすれば、「政治論」は政治についての体系的な考察である。

「政治論」で展開されたスピノザの政治思想は、主著「エチカ」と深い関連を持っている。それはエチカの中で論じられた人間の感情生活に関する部分の延長だということができる。また、そこにはホッブスの政治思想の反響も見られる。

スピノザはホッブス同様、自然状態における人間から出発する。自然な状態においては正義も犯罪もない。なぜならそれらは規範としての法律の存在を前提にしているからだ。自然状態の人間が社会的な結びつきを達成するためには、国家というものを作らなければならない。この国家にはさまざまなあり方が考えられる。スピノザが理想とするのは個人の自由を最大限尊重するような国家である。この点で彼は、徹底した共和主義者だった。

スピノザは一方で、国家と個人との関係にも思いを致した。国家に代表される政治的な生活は、人間の外面的な結びつきに関することである。これに対して、人間の内面を追及するのは哲学の役割である。両者は峻別されなければならない。

スピノザは個人の自由の確保こそ政治の最大の使命であるとした。自由を確保された個人が、自分の内面生活のなかで、哲学を追求できるような体制、それこそが政治の究極のあり方だと、そう考えていたのである。





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