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閉じた社会と開いた社会:ベルグソンの思想


閉じた社会と開いた社会との関係をベルグソンは、都市から全人類への発展と定義している。ここでベルグソンが都市という言葉であらわしているのは、原始時代の人類の生活単位をさしている。それは共同体社会あるいは部族社会であったり、部族社会の集まりとしての国家であったりするが、全人類を包括するようなものではない。そうした都市のあり方を人類のそもそもの始まりとして位置づけたことには、ベルグソンなりの歴史観が反映しているのだと思う。かれの先祖であるユダヤ人たちは部族社会に分裂していたし、ギリシャもまた都市国家の分立の上に成り立っていた。そうした原始社会においては、個々の人間は、人間である前に都市の構成員だったのである。

そうした(閉じた社会としての)都市のあり方をベルグソンは次のように説明している。「閉じた社会とは、他の人々に対しては無関心なその成員たちが、いつでも攻撃または自衛の用意をして、つまり戦闘状態を否応なしにとらされて、互いに保ち合っている、というような社会のことである。人間社会は自然から離れた時は、そのようなものである。蟻が蟻の巣に合うようにできているように、人間はそのような社会に合うように出来ている」(平山高次訳、以下同じ)

つまり人間は、部族的な社会のうちでその社会に適応するように生きた、そこから人間の文明が始まった、とベルグソンは捉えるのである。人間はそもそも社会的な生きものであり、社会なしでは生きられない。それが人間の本質なのだというわけである。その社会が自らを維持するために、成員に対して様々な制約を課す。それが道徳の始まりである。道徳は多くの場合、~をしてはならない、という形をとるが、それは人間が社会よりも自分の都合を優先し、そのことで社会の安定が損なわれるのを防ぐためである。人間にそのようなことをさせるのは、知性である。人間は本能と知性の両方を有しており、本能が社会への適応を促すのに対して、知性は社会からの逸脱をもたらしやすい。この関係をベルグソンは次のように説明している。

「自然は、吾々を知性的に作ったという正にそのために、吾々の社会組織の型をある点までは選択する自由を吾々に許したにしても、やはり自然は吾々に社会生活を営むようにさせた。重力と物体との関係と同じような関係を魂に対して持っている一定方向のある力が、諸多の個人的意思を同じ方向に向かわせて集団の繁栄を確保する。道徳的責務がこういうものである」

閉じた社会に対して開いた社会の方は、部族とか国家といった枠組みを超えて、全人類を直接の構成員とするような社会である。言ってみれば、すべての個人が、国民という立場を解消されて、全人類の構成員、世界市民となるようなあり方の社会である。地球全体が、国家という枠組みを取り払って、一つの社会としてまとまっている、そのようなあり方である。

閉じた社会から開いた社会への発展は、量的な拡大ではなく、質的な飛躍というかたちをとる。なぜならそれらは、同一本質のものではないからである。閉じた社会の本質は、言葉通り、社会を内側に向って凝集させ、そのことで社会の維持・安定を目指す。従って静的な均衡を目的とする。それに対して開いた社会の本質は、社会の静的な均衡ではなく、動的な発展である。開いた社会においては、個人への制約は極小化するであろう。制約に代って自由が合言葉になるだろう。その自由が人間の可能性を広げる。開いた社会というのは、人間の無限の可能性に開かれている社会という意味合いも持つ。

こうしたベルグソンの社会発展の図式的なイメージは、かれなりの理想主義の現われだと思う。同じような理想主義を、かつてはカントが唱えたが、カントの理想主義は、逆説的な言い方になるが、あまりにも理想を追いかけるあまり、地についた議論になっていなかった。カントがその理想主義で主張したことは、人間の普遍的な本質ということだったが、カントはその普遍的な本質という言葉に、ベルグソンが言うところの、閉じた社会の道徳的要求をこっそり忍び込ませていた。本来閉じた社会に通じる道徳を、開いた社会にもそのまま適用した。そのことでカントの理想主義は欺瞞的にならざるを得なかった、というのがベルグソンの見立てである。

ともあれ、閉じた社会と開いた社会という一対の概念セットを持ち出すことでベルグソンは、人類にとっての新しい可能性を強調して見せたわけである。人類は、自分が属する共同体(民族や国家)の一員として、その共同体に課せられた制約のもとで生きてきた。その制約には、言語のようなものもある。言語は共同体としての世界観とか道徳意識をビルトインしたものである。それにはその共同体の価値観がしっかり盛り込まれている。価値から独立した言語はありえない。個々の言語体系は、それを話す人間集団の価値観をはめ込んでいる。個々の人間はそうした言語を話すことを通じて、自分が属する集団の価値観を内面化していくのである。

開いた社会は、どのようにして、閉じた社会の価値観から自由になれるだろうか。閉じた社会の価値観は、その集団の利害を反映している。だからそれから自由になるということは、自分が属する集団の価値観を相対化して、人類全体の利害を優先するようなシステムを作るということにつながる。しかし、そんなことが可能か。当面する困難として、言語の問題がある。言語は特定集団の利害を繁栄したものだから、その利害から自由になるためには、新しい言語体系が必要になるだろう。そんなことが実際可能なのか。

ベルグソン自身は、開いた社会の実現は十分に可能だと考えていた。その根拠はかならずしも明確ではない。一つ確かに言えることは、天才たちが現われて、従来の価値体系に重大な変化を巻き起こし、それが次々と重なることで、人類全体を巻き込むような巨大な文化変容がおこることは可能だということだ。この考えのミソは、英雄たちが人類を発展に導くという発想である。人類は集団として全体的・連続的に変化していくのではなく、一部の天才が人類全体をひきずるようにして、突発的・断続的に発展していく、というようなイメージをベルグソンは抱いていたようである。

ベルグソンがこうしたイメージを明確化したのは、両大戦の戦間期である。この時代には、国際連盟が出来たりして、たしかに国家を超えた人類全体の共通課題といったものが議論されるようにはなっていた。カントの時代には空想的に聞こえた主張も、幾分かは現実味を帯びていたわけだ。そうした事情が、べルグソンをある程度楽観的にしたということは言えるだろう。

だが実際の歴史は、国家が廃絶されるどころか、国家が強化する方向に進んできたし、21世紀のいまでも、国家の役割は弱まるばかりか、かえって強まっている。世界全体に平和的な雰囲気が充満しているときには、グローバリズムの動きも活発になるが、いざ国際紛争やパンデミックが起きたりすると、国家の枠組みが前景化してくる、という構図は相変わらずである。



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