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筒井康隆「断筆宣言への軌跡」


筒井康隆が断筆宣言をしたのは1993年というから、もう四半世紀も前のことである。筆者は筒井の熱心な読書ではなかったが、それでも「文学部唯野教授」くらいは読んでいて、そのユーモアのセンスは認めていた。その彼が持ち前のブラックユーモアが原因で「日本てんかん協会」との間で争いになって、それがもとで断筆宣言をしたと聞いた時には、文学の外部からの圧力に屈したのかと思ったものだが、この「断筆宣言への軌跡」を読んでみて、そんなに単純なものではないということが、改めてわかった。

筒井はこの断筆宣言を、執筆の自由に対する抑圧への抗議として、自主的に行ったというのだ。筒井は言う、
「この断筆宣言は、直接には日本癲癇協会などの糾弾への抗議でもあるが、また、自由に小説が書けない社会的状況や、及び、そうした社会の風潮を是認したり、見て見ぬふりをする気配が、本来なら一般的良識に阿ることなく、そもそもは『反体制的でなくてはならない小説』に理解を示すべき筈の多くの言論媒体にまで見られる傾向に対しての抗議である」

こういう決心を筒井がするに至ったについては、「そもそも社会が創作の自由を侵害し始めた時には、右顧左眄したみっともない作品を書くより、いつでも筆を折るという覚悟を作家はもたねばならない」という信念が筒井のうちに深く根付いていたからだということらしい。

筒井がこうした信念を自分自身のうちに根付かせたのは、自分の創作活動や言論空間をめぐって、長きにわたって抑圧者との間の戦いを経験し、それを通じて日本にはいかに創作の自由を抑圧する空気が簡単に醸成されるかということを、身をもって体験したからであるらしい。

筒井は、創作の自由を抑圧しようとした事例として、自分が当事者になったものから、いくつかをあげている。美濃部都知事によるピューリタン的な禁欲政策、いわゆる差別語への過剰な攻撃とメディアによる自主規制、セックスの抑圧、禁煙ファシズムともいえる喫煙者への異常な攻撃、悪への想像力の欠如、そして極め付きは殺人犯永山則夫からの入会申し込みに対して日本文芸家協会が拒絶をした情けない態度などがあげられる。

そして筒井自身は、日本てんかん協会が自分の作品をてんかん者への差別だといって攻撃してきたことを直接のきっかけとして、断筆宣言を出したわけだ。

創作の自由に対する抑圧的な姿勢をもっとも強く感じさせるのは、永山則夫をめぐる文芸協会の態度だったと筒井は考えていたようである。これに筒井が異常な反応を示したのは、文学の外部から文学が攻撃されたということよりも、文学の内部から文学を否定するような動きが見られたことによるらしい。文芸協会が永山則夫の入会を拒絶したのは、文学上の理由からではなく、世間の常識を根拠としたものだった。しかし文学者というものは、世間の常識に反することから出発するのではないか。それを世間の常識にもとづいて、文学者の自由な活動に敵対しようとするのは、自分を否定するのと変わらない。そこに筒井は軽蔑を感じて、そんな連中とは付き合いたくないと思い、文芸家協会を脱退した、と本人は言っている。

それが日本てんかん協会との軋轢に際しては、これは文学の外部からの文学への攻撃と筒井は捉えたわけだが、その攻撃に対して、日本社会全体がてんかん協会に味方し、それに対して文学を守るべき立場にある文学関係者がいっせいに見て見ぬふりをして、だんまりを決め込んだ。こうした風潮に筒井は気味の悪さのようなものを感じて、それに抗議する目的で断筆宣言を出したということらしい。

つまり筒井は、文学を攻撃するものに自分一人で立ち向かい、その抗議のしるしとして断筆宣言という形を選んだらしいのである。

これは、筆者などにはわからないところもあるが、筒井としてはそれくらいしか自分にできることはないと考えたのだろう。しかし筒井一人が断筆をして、世の中に抗議しても、それくらいのことで世の中が変わるはずもない。実際全く何も変わらない状況の中で筒井は、数年後には筆をとるようになる。

筒井の場合にはブラックユーモアが持ち味であり、したがって世の中を騒がせる要素に富んでいる。先日は従軍慰安婦像をめぐって人を食ったような発言をし、世の中から猛烈なバッシングを受けた。それを傍から見ていると、老いてなお健在との印象を持たされたものだ。こういう作家はなかなかいるものではないし、第一なりたいと思ってなれるものではない。天性というものが大きくものを言う。そういう天性を持った作家には貴重価値があると思われるので、恙なく執筆活動をさせてやりたいと思う一方、この手の作家は世の中と軋轢を起すように出来ているのだし、軋轢も生じさせないような作家にはブラックユーモリストとしての資格はないとも言えるので、なかなかむつかしいところだ。

ひとつ気になったのは、日本てんかん協会からの攻撃にしても、解放同盟からの批判にしても、筒井には無防備なところがあるように見えることだ。部落差別をよく理解していなかったためについ不穏当な表現をしてしまったとか、「てんかんであった文豪ドストエフスキーは尊敬するが、彼の運転する車には乗りたくないし、運転士してほしくないという、ただそれだけのことです」などと、開き直るようなことを言っている。

やはり、始めから社会との軋轢が起ることが予想されることについては、いまひとつ慎重でなければ、戦いに臨んでスマートに応対することはできないだろう。



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