知の快楽 哲学の森に遊ぶ
HOME ブログ本館 東京を描く | 日本文化 英文学仏文学プロフィール 掲示板




渡辺靖「白人ナショナリズム」


渡辺靖の著作「白人ナショナリズム」は、トランプ在任中の2020年に書かれたものだから、当然トランプを意識しながら書かれている。トランプは「アメリカ・ファースト」を実行したわけだが、トランプの言うアメリカは白人のためのアメリカというふうに受け取られたので、白人至上主義者たちを勢いづけた。その彼ら白人至上主義者の思想を渡辺は白人ナショナリズムという言葉で表現するわけだ。

渡辺のこの著作は、インタビューをもとにしたルポルタージュの体裁をとっているので、理論的に深い分析がなされているとは言えない。それでも、行間からは今日のアメリカが抱えている大きな問題が浮かび上がってくる。

それは人種間の溝が深くなり、それが過激な対立を生むようになっているということだ。ヘイトクライムというのは、そうした人種の問題に根ざしている。そこには白人の非白人に対する憎しみが込められている。その憎しみが暴力となって爆発していることが、今日のアメリカの病を特徴づけているわけだ。

著者の渡辺は、この本を書くに当たって、多くの白人ナショナリストにインタビューしたようだが、かれらは思ったより暴力的な雰囲気を漂わせてはいなかったという。むしろ紳士的だったそうだ。そこにはアメリカ右翼の世代交代があったらしい。昔の右翼は、いかにもマッチョで威圧的な雰囲気を自演していたものだが、いまではそういうのは流行らないという。広範な支持を集めるためにはソフト路線のほうが有効ということらしい。

白人ナショナリストの問題意識の根源には、アメリカの白人人口の減少傾向がある。いまの傾向がそのまま続けば、遠くない将来に白人は人口の半分を割る。とはいっても、相対的には多数に変わりはないはずなのだが、白人ナショナリストにとっては、白人が絶対的な多数を占めてこそ安心していられるので、過半数を割ることはやはりショッキングなことらしい。

そこで白人ナショナリストの運動の方向は、白人を増やし、非白人をこれ以上増やさないということに向けられる。同時に、いま存在する非白人への優遇措置を撤廃し、社会的な条件を少しでも白人にとって有利なものに変えていく必要があるということになる。

アメリカでは少数民族の権利を強めることを目的として、過去に色々な政策が取られてき。その代表的なものは、公民権運動とアファーマティヴ・アクションだった。それらの政策が、白人への逆差別を生んだと白人ナショナリストは考えている。だから、そうした政策を改め、少なくとも白人が非白人より不利な立場に陥らないようにしていく必要がある。逆差別をやめて、万人が平等の待遇を受けるべきだという主張である。

ナショナリズムというと、国ごとにそれぞれ自国第一主義をとると思われる。だから、国をまたいだナショナリストの連帯というのは形容矛盾のように聞こえる。国を跨いだ連帯はインターナショナリズムであり、ナショナリズムとは真逆だからだ。ところが最近のナショナリズムのうち、白人ナショナリズムについては、国際的な連帯の動きが見られる。白人の利益という共通の目的があるからだ。グローバリゼーションの進行にともない、先進諸国では移民を中心として外国人の割合が増えている。外国人の多くは非白人と認識されている人々だ。だからそうした人々を排斥する運動は白人ナショナリズムの形をとりやすいわけで、その白人ナショナリズムの共通項が、各国のナショナリストを結びつけるということらしい。

渡辺は日本人だから、当然非白人として認識される。だから白人ナショナリストからは嫌悪されるかといえば、そうでもないらしい。少なくともアメリカの白人ナショナリストたちは、渡辺に対して友好的であった。それは渡辺が日本人たることにもとづく。白人ナショナリストたちにとって日本という国は、そう悪い印象がないようなのだ。日本は人種的均一さを高い水準で保っており、海外からの移民を基本的に受け入れていない。そうした日本の政策を、自分の国も見習うべきだと考え、それが日本に対する好意的な態度に結びついているということらしい。

白人ナショナリズムというと、一定の価値観を内包している。だからそれを取り上げるにあたっては、価値をめぐる相克が表面化しやすくなりそうだが、渡辺としては、なるべく価値を離れて、事実の記述に専念したと言う。もっとも、渡辺自身は白人ナショナリズムについて批判的だと言っており、記述の端々から、かれら白人ナショナリストへの批判的見解が伺われるような書き方になっているのだが

白人ナショナリズムは、アメリカにおいてはトランプがたきつけたというイメージが強いが、実は白人社会の基層に根強くはびこっている傾向だということがこの本からはよくわかる。だから、トランプが去っても、アメリカの白人ナショナリズムが一気に低迷するということにはならないようだ。じっさい、トランプの後に大統領になったバイデンも、中国に対して人種戦争というべきものを仕掛けている。バイデンもまた、アメリカの白人たちのナショナリズムには大きな配慮を払わざるをえないのだ。

ところで、そのトランプが、2020年の大統領選挙結果に異論を唱え、選挙が盗まれたと主張したことが話題になった。良識ある人々はトランプの言い分を嘲笑したが、アメリカの白人ナショナリストにとっては、トランプは正しいことを言ったということになる。非白人は本来投票権を持つべきではないのだ。その連中に投票を許したことが、アメリカの選挙をゆがめた。そう彼らは考えるわけである。そうした考えに基づき、非白人から投票権を剥奪するような動きが、フロリダ州をはじめ一部の州で見られる。そんなことがまかりとおるとは、アメリカという国は、実に面白い国である。



HOME | 壺斎書評






作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2015-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである