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藤原帰一「不安定化する世界」


藤原帰一の「不安定化する世界」(朝日新書」は、藤原が朝日新聞に月一のペースで連載してきた時事評論を一冊にまとめたものである。「時事小言」と題したそのコラムの記事を小生は欠かさず読んでいた。それらを一冊にまとめたもので、新奇な工夫はないらしいが、読んでみると、始めて読むようなものが多い。新聞で月一のペースで読むのとはまた違った味わいがある。新聞ではそれ自体完結した文章が、こうしてまとめて一冊になると、記事相互の間に関連が生まれ、それが新たな光を放ってくるからだろう。

「時事小言」というタイトルは、福沢諭吉の言葉を援用したものだという。福沢の時事評論は、今読んでも緊張感が伝わってくるほどの名文だそうだ。時代と向き合う姿勢のせいだろう。自分もその福沢のひそみにならって、後代でも読むに耐えるものを残したい。そういう気概が、藤原の文章からは伝わってくる。

カバーしている時代は、2011年の5月から、2020年の1月まで。東日本大震災の直後から、トランプ政権の終わりころまでである。このほぼ十年間について、藤原は国際政治学者としての立場から世界を見る。この十年間は、アメリカの覇権主義がゆらぎ、世界が次第にバラバラになっていく過程をたどっているというのが藤原の基本的な見立てのようである。アメリカはブッシュ(息子)の時代に一国行動主義的な傾向を見せていたが、トランプになるとそれが一層露骨になった。ブッシュとトランプに挟まれたオバマの時代には、国際協調主義への模索があったが、それは一時的なものだったようだ。21世紀のアメリカは、ますます内向きの傾向を深め、そのことで世界の秩序が不安定化している。そう藤原は考えるのである。

藤原としては、国際秩序の安定のためには、国連がしっかりした役割りを果たさねばならず、それをアメリカが支えることが肝要である。ところが現実は、アメリカは国際秩序よりも自国の利害を優先し、国連が弱体化するのを意に介しない。その結果、世界中で頻発している局地的な紛争が効果的に制御できず、深刻な人権侵害が頻発している。

藤原は。国際政治学者としてリアルな視点に拘っているようであるが、それでも人権とか難民問題とかの世界共通の課題については、国連が中心となって介入し、望ましい秩序を保たねばならぬと考えている。藤原の面白いところは、そうした、いわば「普遍的な価値」にかかわる問題については、武力の行使も辞さないという態度が必要であると考えることだ。だがそれは無闇に使うのではなく、秩序だって使う必要がある。そのためには国連が重要な役割を果たさねばならない。

国連の最大の課題は、地球社会の安定ということであり、そのためには、秩序を乱すものへの武力の行使も必要である。ところが近年の国連には、そうした能力は全く期待できない。このままだと、国連を中心とした世界秩序という概念は絵に描いた餅になり、世界はアナーキーへと解体していく恐れがある。それは望ましくない。やはり国連がもっと力を持って、世界の安定に大きな役割を果たすことが望ましい。

だが現状は惨憺たるものがある。その最大の原因はトランプの振舞いにある、というのが藤原の意見である。トランプは、アメリカ一国主義を推し進めるあまり、国際的な連帯を毀損し、世界を無秩序へ向かって陥れている。ここままだと、世界はバラバラになってしまうだろう。そうならせないために、我々はいかに行動すべきか、といって藤原は憂えるのである。

藤原の、世界情勢にかかわる時事評論の視点は、だいたい以上のようなものである。あらためてそれを要約すると、アメリカが中心となって国連を盛り立て、国連主導のもとで世界秩序が保たれることが理想である、というところだろう。

藤原の文章から全体的に暗い印象が伝わってくるのは、藤原個人のせいではなく、いまの世界のありようがそうさせている、といってよさそうである。




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