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ゾシマ長老 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を読む


宗教的奇人と訳されるユロージヴィは、ロシア特有の現象らしい。裸あるいは異様な身なりで放浪し、キリスト教の教えを独特な解釈で説教して歩く。そうした行いが貧しい民衆の支持を集め、熱狂的な宗教集団を形成するに至る場合もある。16世紀ころからぼちぼち現れ、19世紀にはロシア全土でかなりの規模で社会に浸透したらしい。そのユロージヴィにドストエフスキーは大きな関心を寄せ、小説の中でたびたび言及している。初期の作品「死の家の記録」では、ユロージヴィを分離派と結びつけている。分離派は、ロシア正教会から分離した宗教集団のことをさすが、その教義には、独特のものがあり、奇行を多く含んでいるという。

「カラマーゾフの兄弟」には、ゾシマ長老という人物が出てくるが、これがユロージヴィの一つの典型である。アレクセイは、そのゾシマの教え子ということになっているから、かれもユロージヴィの予備軍である。ユロージヴィには、宗教的奇人という意味のほかに、人格的に破産した人間という意味もあり、そういうタイプの人間は、ドストエフスキーの小説には数多く出てくる。「悪霊」のレビャートキナはその典型的なものである。「カラマーゾフの兄弟」では、スメルジャコフの母親スメルジャシチャヤがそれにあたる。

宗教的な奇人という意味でのユロージヴィを正面から直接取り上げたのは、この小説におけるゾシマ長老が初めてである。19世紀のロシア正教には長老制度というものがあった。長老とは、教会の正規の位階制度からはずれたもので、したがって教会を正式に代表するものではないが、教会の一隅に寄寓することを許され、自分を個人的に信仰するものを相手に説教などをおこなっていた。すべてのロシア協会にあったわけではないが、その数はかなりの規模だったらしい。その長老の位置を与えられたのが、ユロージヴィと呼ばれる宗教的奇人だったのである。かれらの説は、ロシア正教会からすれば、異端と見まがうものを多く含んでいたはずだが、教会側はどういうわけか寛大に対処していたようである。

ゾシマ長老は小説の比較的早い段階で出てくる。第一篇でカラマーゾフ一家の紹介をひととおり終えた後、アレクセイとのかかわりで紹介されるのである。その後、第二編では、冒頭から出てきて、小説の進行上の主役を務める。彼の祝福を受けるために大勢の女たちが押し寄せ、また、カラマーゾフ一家もやってくるのである。それは、一家のメンバーが久しぶりに集合したことを記念するために、教会の場を借りたからであった。息子たちが集まってきたことに気をよくした父親のフョードルが、教会への寄進をかねて、教会に集まったというわけである。

ゾシマ長老は、信仰熱き婦人たちに祝福を与え、また、信仰の薄い婦人たちにもそれなりの祝福を与える。かれはアレクセイに対しては、父親代わりの役を自覚し、貴重なアドバイスを授ける。それは、自分が死んだら速やかにこの修道院を去って、娑婆世界を放浪し、妻も持たねばならぬというものだった。アレクセイはその指示にしたがい、長老が死んだら速やかに修道院を出て娑婆世界を放浪する覚悟を固める。また、リーザという少女に、結婚する約束を与える。もっともそれについては、リーザのほうがのちに心変わりするのであるが。

ゾシマ長老がアレクセイに放浪をすすめたのは、自分自身の体験を踏まえたうえでのことである。かれもまた、ロシア各地を放浪して回り、人生最後の時期になって、この修道院に腰を据えたのであった。その放浪をはじめ、ゾシマ長老の若き日々のことについては、第六篇において、ゾシマ長老の最後の談話という形で語られる。かれはその談話を終えた直後に死ぬのである。

その談話は、ゾシマ長老の死後、アレクセイによって編纂されたということになっている。したがってレポート風である。「故大主教ゾシマ長老の生涯」と題するこのレポートはかなり長大であり、岩波文庫版の邦文で76ページにのぼる。前半で、長老自身の出自や家族の不幸な生きざまが語られ、また、自身の若いころのこと、軍人生活とか決闘とかについて語られる。その後、放浪の旅の途中出あった謎の人物との対話が語られるが、この人物がかれに多大な影響を及ぼし、かれを宗教的奇人の道へと進ませた、というふうに思わせるようになっている。後半では、かれの宗教的な信念が語られる。それは、民衆と常にともにあることとか、人間の存在意義は愛することにあるといったものだ。おそらく分離派の主張を取り入れているのだろう。

談話を語り終わると、その晩に長老は死んだ。すると翌日の朝から大勢の人々が集まってきた。長老は棺に納められ、人々の悲しみの挨拶を受けた。ところが思いがけぬことがおきた。午後三時ごろには、つまり死後二十四時間もたっていないのに、棺から死臭が垂れ込めてきたのである。これはじつに意外なことであった。長老のような人に、人々は奇跡を期待するものだ。しかし死んだすぐあとに死臭をただよわすというのは、アンチ奇跡といってよい。その死臭を嗅いだもののなかには、長老が聖人などではなく、俗人だと言い出すものもあった。なぜなら聖人が死後すぐに死臭を放つことはありえないと思われるからである。

こうしたことは、通常は起こらないと思うが、ドストエフスキーがあえて小説の中で触れたのは、ゾシマ長老が、奇跡などに頼らず、民衆への愛によって民衆を教化するという姿勢を貫いたと言いたかったからではないか。ともあれドストエフスキーは、この小説においては、宗教的奇人と呼ばれる人々にかなり好意的である。




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