知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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株価と金融バブル


小野善康氏は、株価の変動が景気に及ぼす影響を認めたうえで、株価の水準は必ずしも経済のファンダメンタルズとは関係のないところで決まる、したがってバブルが発生して景気が過熱気味になったり、逆にバブルがはじけて深刻な不況に陥ったりするという。(小野善康「景気と国際金融」)

これに対して主流派の供給側の経済学は、「株価はまさにファンダメンタルズを表しており、そのため、単に生産力の指標であって株価自体から景気に影響を与えることはない」と考える。だから実際はバブルが生じて株価が全面的に上がっているのに、それは経済のファンダメンタルズが好調であることを反映しているからと考える。逆に株価が下がれば、それは生産効率が低くなっていることの証拠だから、構造改革が必要だと断定する。

日本の場合でいえば、1980年代末期に金融バブルが最高潮に達したが、供給側の経済学はそれを経済の実態面が良いからだと勘違いし、日本的経営礼賛の声が沸き起こった。実際1979年から1989年までの10年間で、株価は実に10倍にも膨れ上がったわけだから、それが経済の実態に支えられた結果だと考えれば、日本は奇跡を行ったと信じても不思議ではないわけだ。

ところが1990年には株価のバブルがはじけ、つづいて地価のバブルがはじけた。その結果合計1300億円以上の資産価値が消滅した。つまり消えてなくなってしまった。

こうしたバブルはどのようにして発生するのか。それは株式投資というものの投機的な性格に基づいている。株を買うことの動機としては、配当を得るということとともに、値上がりによるキャピタルゲインへの期待があるが、現在では株の取引はもっぱら後者に基づくものが圧倒的である。投資家は長期間株を保有して、そこから安定的な配当を得ることを期待するというより、短期的に保有して、値上がりしたら間髪をおかず売り払って差益をむさぼるという行動をとる。

こうした行動が、バブルを発生させる原動力となる、そう考えるわけだ。バブルが膨張すれば資金の流れが加速し、それが景気を押し上げる、バブルの真っただ中にいるとき、人々はそれが永久に続くと錯覚して、何事にも強気になる。供給側のファンダメンタルズ信仰がそれを支えるからだ。つまりこの好景気は経済のファンダメンタルズに支えられているのだから、そう簡単には破裂しないと思い込むわけである。

「バブルが膨らみ、人々が豊かになったと思えば、消費を増やす。それを見た企業は、楽観的な見通しを持つから、投資を増やすであろう。こうして、需要が全体的に増えて、景気が上昇する・・・景気の上昇は物価の上昇傾向を生み出すとともに、円建て資金の金利を上昇させる。そのため、為替レートは徐々に円安に動いて、円建て資産とドル建て資産との収益率の差を調整する。

「逆にバブルが崩壊し、人々が消費を減らせば、経常収支黒字幅は増大するため、円高調整が行われる。されに、不景気が続けばデフレ基調になり、円建ての金利も低くなるため、その不利を補うように円高が進行する。この円高進行によって、デフレによる物価下落が相殺され、国際競争力が低いまま変化が起こらないように、調整されることになる。これが90年代のバブル崩壊以降に起こっている、円高と長期不況の理由であろう」

小野氏のこうした見立ては、今現在の世界の景気の状況についても十分に説明できるものだ。とりわけ、円高と長期不況にいまだに悩んでいる日本について。

金融バブルが実体経済に影響を及ぼすとする小野氏の見解は、貨幣についても変わらない。供給側の経済学は、貨幣の流れも経済の実態を反映しているだけとする点で、株を経済のファンダメンタルズの反映だとする見方と同じだが、氏はお金の動きが経済の動きを左右すると考える。

お金の流れがよくなれば景気は良くなり、逆に悪くなれば景気は悪くなる。それは、お金が単なる交換の手段や富の符牒であるにとどまらず、それ自体が人間の欲望の対象であることの結果だ。そこで人々の金持ち願望が高まり、物を買うよりもお金を持ち続ける方を選択すれば、消費が減って経済が不況になると考えるわけだ。

ところで、バブルがはじけて日本経済が深刻な不況に落ち込んだのは1990年、それから20年以上がたつのに、いまだに経済が回復したという実感がもてないまま、長期不況が続いているとの実感ばかりが蔓延している。いつになったら、そうした閉塞状態から脱出できるのだろうか。

あのバブルの崩壊に直面してやけどを負った日本人は膨大な数にのぼるはずだ。それらの人々は傷の痛みがなかなか忘れられないので、投資活動には慎重にならざるを得ない。その慎重さが和らがない限り、投資活動がかつてのように活発になることはないだろう。そのためには、世代の交代が進んで、痛い思いをした人々が少数派になる事態の出現が必要だ。それまでは、あらたなバブルとそれに伴う好景気の出現は期待できないであろう、そう氏は断定する。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2013
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