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田中素香「ユーロ 危機の中の統一通貨」を読む


田中素香氏はユーロ問題に取り組んできており、岩波新書からも「ユーロ その衝撃とゆくえ」(2002)を出版したりもしている。その視点の特徴は、EU統合の経済的な側面に注目する以上に、その政治的な側面を重視することにある。

EUが生まれたのはそもそも、ドイツをヨーロッパという枠組みの中に取り込んで、再び軍事的脅威となることを防ぎたいとする、フランスやイギリスの思惑から始まった。それが通貨統合へと一気に移行したのは、東西ドイツの再統合と云う歴史的な事態が生まれたからだ。再統合によって強大化したドイツが、再び東欧に足がかりを求めて単独行動に走るようになると、ヨーロッパの安全にとって由々しき事態が生じる。それを阻止するためにも、ドイツをEU通貨統合の枠組みの中に閉じ込め、ヨーロッパの一員として節度ある行動をとるように導きたい、こうした思惑が強く働いた結果だった、こう田中氏は見る。

ドイツはユーロ圏への参入を受け入れる代わりに、構成国に厳しい条件を求めた。構成国は財政赤字をひかえねばならず、政府負債を一定の限度を超えて膨らませてはならない。仮に財政危機に陥った場合には、原則として個々の構成国がみずからの責任において、財政危機を乗り切らねばならない。他の国やEUの中央銀行に、赤字の尻拭いを期待するのはもってのほかだ。

ユーロの創設にあたってドイツが主張した以上の条件は、金融危機で揺れている現在の時点でも、メルケルが声高に主張していることだ。

これはユーロ圏の創設がそもそも、仏独をはじめとした北欧の裕福な国を対象とした構想であったことに由来している。

ドイツ国民は、インフレーションを避けて、財政を健全に保つのが政府の最低の任務だと心から信じており、それを他の国民にも求めているだけだ。だがそんな要求に応えられる国は、独仏や北欧などの一部の国にとどまる。実際ユーロ圏がそうした豊かで財政規律のある国だけで構成されていたならば、今日のようなソブリン危機には見舞われなかっただろう。

だがEUはユーロ圏の中にギリシャやスペインなどの赤字に甘い国を参加させてしまった。その時から、ユーロ圏は今日のような問題に直面することを十分に認識していてよかったはずなのだ。

全体が均一的な要素から構成されていれば、其のシステムは安定していられる。だが、不均一な要素から構成されるシステムは、様々なゆがみに見舞われる。ユーロも例外ではない。

それはユーロ圏内における力関係と云うものが働くためだ。ドイツのようなもともと足腰の強い産業を抱えた国はますますその産業が発展する一方、南欧諸国のように産業基盤が弱い国はますます産業基盤が劣化する。域内競争が働く結果だ。

これは一種の地域間格差なのだと田中氏はいう、一国の中に地域間格差があれば、その国は豊かな地域や産業から上がる税収をそうでない地域や産業分野に移転して、国として全体的な均衡を図るように努めるだろう。この理屈はユーロ圏でも当てはまる。ドイツをはじめ北欧の豊かな部分と、スペインやポルトガルなど南欧の貧しい部分との間に地域間格差が生じれば、豊かな国の資源を貧しい国に移転させ、圏域全体が均衡ある発展ができるようにする必要がある。

なぜなら、ユーロと云う器は、貧しい国のためばかりでなく、豊かな国のためにも十分な役割を果たしているからだ。ドイツはユーロに加盟することで、自国通貨の切り上げや極度な為替変動に悩まされることなく、輸出や資本の進出による利益を享受してきた。今日日本が円高や為替変動によって振り回されていることに比較したら、ドイツがユーロ圏にいることの利益は明らかだ。

ドイツが、各国の金融・財政秩序にこだわるあまり、ユーロ危機に対してあまり踏み込んだ姿勢をとらずにいれば、否が応でもユーロは解体せざるを得ないだろう。つまり金融危機が深刻化して、大恐慌となり、ユーロもへったくれもなくなるだろう。

今日のユーロ危機を論じる者の大部分は、通貨が統合されながら財政が各国ばらばらであることが危機を増幅させていると主張するが、著者は、それはユーロそのものが創設当初からビルトインしていたことでもあり、いまさら何を言うか、といったポジションを取っている。各国が財政にかかわる権利まで放棄してユーロ圏全体が一つの国のようになることは、究極のテーマとして追及されるべきかもしれないが、それには時間がかかる。

当面の問題は、ドイツのような持てる国が、ギリシャやポルトガルのような持たざる国に手を差し伸べ、もう少し自腹を切ってやる度量を見せることだ。なぜならユーロ圏の存在によって最も大きな利益を得ているのはほかならぬドイツなのだし、ユーロがこければ元も子もなくなるということは、ドイツ人自身一番強く感じているはずだから。こう田中氏は提言するのだ。(写真はロイターから)




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