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オランドの挑戦:富裕層への増税


フランスのオランド大統領が打ち出した富裕層への増税政策が広範な議論を呼んでいる。政策の目玉となるのは、所得税の最高税率を75パーセントに引き上げようとするものだが、そこには二つの目的があると言われている。ひとつは、財政立て直しの方策として、これまでのように間接税の引き上げばかりに頼るのではなく、直接税である所得税の増税にウェイトを置こうとすることだ。もうひとつは、富裕層に税負担を重くすることで、格差の拡大を是正しようとすることだ。

こうした措置は、富裕層の働く意欲をそぐばかりか、比較的税負担の低い国へ彼らが逃避する事態を招くので、フランス一国で実施しても、効果がないばかりか、かえって冨の流出を招くといった批判が出ている。実際イギリスのキャメロン首相は、フランスの金持ちがイギリスにやってくるのは、赤じゅうたんを引いて歓迎するとまで言っている。イギリスの所得税の最高税率は45パーセントだから、フランスの金持ちたちにとっては、言われるまでもなく魅力があるだろう。

たしかに、周りの国が従来と同じ政策を取り続け、フランスだけが所得増税に踏み切れば、富裕層が金を抱いて逃げ出すかもしれない。グローバライズされた今日の金融秩序にあっては、資本の移動にはコストがかからないからだ。それ故、富裕層による資金の流出を防ぎつつ、彼らにきちんと税負担をさせるためには、資金の海外移動に対して課税するなどの措置を取らねばならない。オランド政権の財政担当者は、そんなことをしなくても、金持ちたちが応分の負担に協力するよう、彼らの愛国心に訴えている。

富裕層への増税は、アメリカのオバマ大統領も考えている。彼が望んでいるのは、フランスの場合よりははるかに穏便なもので、所得税の最高税率を現在の35パーセントから39.6パーセントに引き上げるとともに、キャピタル・ゲインと配当金に対する課税を強化することだ。それでも、アメリカの金持ちたちは、貧乏人たちに金をばらまくために、自分たちが課税されるのはまっぴらだと息巻いているのが現状だ。

だが、たとえば共和党の大統領候補ロムニーが、巨額の所得がありながら、平均的なサラリーマンよりも税負担率が低いなどといった事態を巡っては議論が巻き起こっており、アメリカの税制度が今のままでよいと考えている人々の割合は低くなりつつある。

ロムニーの問題に象徴されるように、今や格差の拡大とそれを助長しているシステムに対して、世界的に疑問の目が向けられつつある。

アメリカでは、富裕層の上位1%に流れ込む国民所得の割合が、1970年代の8%から2007年の24%へと3倍に拡大したといわれるように、こうしたトレンドは過去30年ばかりの間に強化されてきた。言い換えれば、それ以前には、今よりも平等度が高く、格差の低い社会が成立していたのだ。

1979年にサッチャーが政権を握った時のイギリスの最高税率は83パーセントだった。彼女はこれを40パーセントにまで引き下げた。またレーガン大統領は、前政権から引き継いだ最高税率を70パーセントから28パーセントまで引き下げた。彼らはこうした富裕層の減税と規制緩和とを組み合わせて、新自由主義的な経済政策を推進し、格差の拡大と社会の分断を助長してきた。その政策は良くも悪しくも、グローバライゼーションの流れにのって世界中に広がっていき、日本もまたそれに乗ったわけである。

オランドとオバマは、こうした流れをかえて、より公正で格差のない社会を目指しているように見える。しかしそれが成功するためには、金のあるものは応分の負担をするのが当たり前、というソーシャルマインドの確立が必要だ。

翻って日本の風景をみるに、為政者たちは財政改革と称して、相変わらず間接税の増税に血眼となっている。日本の場合には消費税率がまだ5パーセントであり、増税余力があるということもあるが、それ以前に、あるべき税負担のあり方を巡って、広範な議論が積み重ねられることがなく、目先の税源にとびついたという側面ばかりが目立つ。

望ましい負担のあり方とはどうあるべきか、そうしたあるべき論が深く議論されることがないために、増税によって生じる金の使い方がはっきりせず、中には増税で浮いた財源は利益誘導の資源に回そうなどと言う、政治家にとって都合のいい議論ばかりがまかり通る始末だ。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2013
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