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トーテミズムと日本人


日本にもトーテミズムの風習が残っていることを指摘したのは南方熊楠である。かれは自分の個人名についている熊とか楠といった文字はトーテムをあらわしていると考えた。熊という文字は、彼の家族や親族の成員にもつけられていたから、その親族にとってのトーテムをあらわすのだろうと考えたのである。一方、楠という文字は熊野神社と深いかかわりがあり、そこの信者たちは楠を自分たちのトーテムのように親しみもって扱っていた。神社と特定の動植物との関係は他にも見られる。日枝神社の猿とか、三島神社の鰻とか、金比羅神社の蟹といった具合だ。これらは神社を祀る氏子たちに共通のトーテムだったに違いないと熊楠は考えるのである。

熊楠の議論は、特定の氏族及びその成員がトーテムによって結ばれていることを指摘したものだが、トーテムと血縁との関係を指摘する一方で、フロイトがトーテミズムの最大の特徴、あるいは本質と考えた外婚制については、熊楠は触れていない。外婚制とは、トーテムを同じくする種族の成員とは結婚しないという掟であり、それは近親性交忌避の感情に根ざしたものだというのがフロイトの基本的な考えであった。

その外婚制について熊楠がまったく触れていないのはどういうわけか。日本のトーテミズムにも、もともと備わっていたものを熊楠が無視したのか、あるいはそもそも日本のトーテム信仰には外婚制の制約はまったくなかったのか。日本では、トーテムを同じくする種族のメンバー同士のみならず、ごく近縁の血族同士結婚する例が太古から指摘されることは、皇室の歴史から明らかである。天智天皇が実の妹と結婚したのは極端な例として、天武天皇のように血のつながった女性と結婚した例はほぼ無数に指摘できる。それからすれば、日本には外婚制にこだわる伝統はなかったと結論付けることができる。だから熊楠のトーテミズム論に、外婚制への言及がないのは頷けることなのである。

では、熊楠が日本のトーテミズムの本質的特徴と考えたものはどのようなものだったか。熊楠はそれを種族あるいは家族などの成員の命名に現われていると考えた。熊楠個人の場合には、熊が家族のトーテムであり、楠が神社を介して結びついた種族=氏族のトーテムだったということになる。トーテムを名とすることで、それを共有する家族や氏族の一員として、そのものを弁別する役割を担った、というのが熊楠の考えである。

ローマの命名法は、個人名と氏族名、家族名の三者を組み合わせることで成り立っている。ガイウス・ユリウス・カエサルの場合、ガイウスが個人名、ユリウスが氏族名、カエサルが家族名である。ローマの個人名は、日本などとは異なって数が非常に限られており、個人特有の名前というより、符号といったものに近い。氏族名のユリウスや家族名のカエサルには、トーテムに似た弁別作用があると考えられなくもないから、ローマの命名法はトーテム的な弁別の体系だともいえる。それと似たことが熊楠の生きていた地域でも行われていた。トーテムによって家族や個人を特定するというシステムである。

フロイトはトーテミズムの学説を紹介した中でハーバート・スペンサーに触れ、スペンサーのトーテミズムは命名のシステムだと特徴付けた。スペンサーによれば、古代人は自分の名前として動物の名をつけた。それが自分の子にも受け継がれ、その家族のメンバーが特定の動物と深いかかわりを持つように思念されるようになる。そこから、その動物を家族や種族の共通の祖先とするような、特別な信念が生まれた。それがトーテミズムの起源ではないか、とスペンサーは言うのである。スペンサーのトーテミズムが外婚制への言及を欠いていることは、熊楠の場合と同様であり、トーテミズムを命名の体系とする視点にとっては自然なことなのである。

熊楠は、異常といえるほど男女の性的関係に淡白である。フロイトは、トーテミズムの本質を人間の性的欲望と関連付けて考えており、性的欲望と無関係なトーテミズムはありえないと考えていた。トーテミズムを信奉する原始人の中には、人間の誕生を性的行為の結果だとする考えが欠けているものもある。そういう原始人は、妊娠と性交との関係を知らなかったのではないかとフロイトは心配して見せるのである。熊楠先生に関しては、遅ればせであったかもしれないが、妊娠は男女の交わりの結果だと、ちゃんと理解していたようである。

ともかく、熊楠のトーテミズム論に外婚性やその根拠となった近親性交忌避への関心が見られないのは確かなことである。日本の古代の神話は、イザナギとイザナミが性交したことから多数の子どもが生まれたと言っているから、日本人の祖先が性的な知識を持っていたことは確かだ。その日本人が性的な関心を無視してトーテミズムの体系を作ったとは、フロイトの議論からすればなかなか考え難いことだ。

フロイトは、トーテミズムの一部がアニミズムの霊魂信仰と直接結びついた例を紹介している。そのようなトーテミズムにあっては、性的な事柄は問題とはならず、もっぱら霊魂とそれに結びついた祖先の崇拝が関心の焦点を占めたと考えられる。だがこうしたタイプのトーテミズムをも、トーテミズムの範疇に含めるのが妥当かどうかは、議論のあるところだろう。

小生などは、日本ではトーテミズムは世界観としては発展することがなかったと考えている。日本の世界観は霊魂を中心としたアニミズムであって、それの派生形態としてのシャーマニズムも大いに発展したが、フロイトがいうような、外婚制を中核とするトーテミズムが高度な発展をとげたということはなかったと考えている。日本は古来、同調圧力の強い融和型社会であって、種族や個人の対立が前景化しやすい分散型社会ではなかった。そうした社会組織の基本的なタイプの相違が、トーテミズムの形成にも異なった作用を及ぼしたのではないか。


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