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フロイト流精神分析のドストエフスキーへの適用


「ドストエフスキーと父親殺し」というショッキングな題名を持つ小論は、フロイトの精神分析手法をドストエフスキーに適用したものだ。一種の症例研究と言ってよい。通常の症例研究と異なるのは、患者の症状が直接与えられておらず、ドストエフスキーの作品や彼の生涯に関する事実から間接的に推測せねばならないことだ。フロイトはそれらから生じるドストエフスキーについてのイメージを、四つの要素にまとめている。詩人、神経症患者、道徳家、罪人としての要素である。どれもドストエフスキーの異常な人格を説明している。このうち、詩人、道徳家、罪人としての要素は、それぞれ独立した項目として説明できるし、またこれら三つの要素がまとまって発現する事態について、神経症とは無関係なものとして説明できる。しかしドストエフスキーの場合には、以上の三つを神経症と関連付けて説明したほうが合理的と言える。つまりドストエフスキーの人格には、神経症の要素が基本的なものとしてあって、それが、ほかの三つの要素を発現させていると考えるべきである、というのがフロイトのここでの立論の骨子なのである。

フロイトは、ドストエフスキーがたびたび癲癇発作を起したという事実に着目して、それが神経症の一つの症状であるヒステリー癲癇であったと推測している。今日の精神医学では、癲癇は脳の器質的異常に原因があると考えられるようになっており、したがって薬物療法などの物理的な治療が主流になっているが、フロイトの時代には、そこまで明らかにはされておらず、癲癇には生理的な原因と心理的な原因とがあると考えられていた。フロイトは、ドストエフスキーの場合には、心理的な原因による病気、したがってヒステリーによく似た症状、神経症の一つと考えたのであった。

心理的な原因に基づく神経症の基本的な特徴は、「自分の力だけでは心理的に処理できないだけの量の刺激を肉体的な手段によって解消しようとする」(高橋義孝ほか訳)ところにある。肉体的な手段とは、ヒステリーにあっては突発的な痙攣であったり、また脅迫神経症にあっては、無意味な動作を反復することであったりする。癲癇においては、意識の混濁とか激しい痙攣の組み合わせとなって現れるわけである。

フロイトは、ドストエフスキーの神経症の原因となったものを、直接には18歳の時におきた父親殺しに求めている。ドストエフスキーの父親は横暴な小領主であって、農奴たちに憎まれていたので、おそらく農奴によって殺されたのだろうというのが妥当な推測だが、フロイトは息子のドストエフスキーがその父親殺しの下手人だろうと言うのである。たいした根拠を示しているわけではなく、また、その父親殺しが現実のできごとではなく、象徴的なものであってもかまわないが、いすれにしても、父親の死が息子のドストエフスキーにトラウマとなって甚大な影響を及ぼしたというのがフロイトの推論である。ドストエフスキーは、父親殺しのトラウマによって生涯悩まされた。そのトラウマは到底、「自分の力だけでは心理的に処理」できなかった。そこでドストエフスキーは癲癇によってそれを解消しようとした。

この場合、癲癇の発作は、ストレスに対する肉体を通じての反応であるのだが、そのストレスは、父親殺しについての自責の念から来ている。それは自分の犯した罪に対する罰なのだ。だから、別の形で罰せられるならば、癲癇発作は必ずしも起きる必要はない。じっさいシベリアに流されていた悲惨な時期においては、癲癇発作は起きていない。そこでの過酷な境遇がドストエフスキーには罰としての役割を果たし、ほかに罰を求める必要がなくなったために、癲癇の発作も意味を持たなくなったというのである。

ところで癲癇は、仮死状態になることが多い。ドストエフスキーの場合には、父親殺しが癲癇発作の原因であるから、父親への複雑な感情が働いている。基本的には父親なんて死んでしまえばよいという感情があって、それに父親への愛情が重なっていたりする。父親への拒絶と父親との同化が重なっているわけである。癲癇における仮死状態は、父親への同化の表現だと考えられる。父親と自分とを同化あるいは同一化することの結果、父親の死への願望が、自分自身の死として現れるのである。だから癲癇発作における仮死状態は、「憎らしい父親が死んでしまえばいいと思ったことに対して自分自身に下す罰なのである」

父親殺しは、エディプス・コンプレックスの中核的な要因である。母をめぐる父親との戦いが、一方では父親殺しに発展し、他方では父親による去勢への恐怖から、エディプス・コンプレックスからの脱却につながる。ほとんどの人間は、去勢不安を避けるためにエディプス・コンプレックスの解消に向かうのだが、ごく少数の人間においては、父親殺しの事態に発展する。それは現実の殺害行為である場合もあるし、象徴的に行われる場合もある。ドストエフスキーがどちらのケースだったか、フロイトは明らかにしてはいないが、いずれにしても、彼には父親殺しという体験があって、それが生涯の負い目となり、たびたび癲癇発作をもたらした、というのがフロイトのドストエフスキー論の眼目である。

ドストエフスキーの代表作「カラマーゾフの兄弟」は、父親殺しをテーマにしたものである。この小説は、四人の兄弟がそれぞれの立場から父親との戦いに直面し、あるものは実際に父親を殺し、あるものはどうやら父親との戦いと折り合いをつけることができる過程を描いている。父親殺しはショッキングなモチーフだが、それに代表されるような父と息子との葛藤を描いたという点で、この小説は典型的な「エディスプ・コンプレックス」小説だというのである。フロイトはこのほかに、ソポクレスの「オイディプース」とシェイクスピアの「ハムレット」をエディプス・コンプレックス小説の傑作だと評価している。「オイディプース」はエディプス・コンプレックスの名前が由来した作品だし、「ハムレット」は巧妙に仕組まれたエディスプ・コンプレックス小説だと言うのである。

ドストエフスキーにはもう一つ、賭博という悪癖があった。これも父親殺しに起因する神経症の現れだとフロイトは言う。かれは賭博に負け続けることによって常に負債にとりつかれていたのだったが、その負債の重圧が罪悪感の代わりをつとめ、罪悪感なしでは生きられなかったドストエフスキーにとっては、賭博に負け続けるということが、自分の人生の支えとなった。

癲癇といい、賭博僻といい、いずれもドストエフスキーの神経症の現れである。そしてその神経症は、父親殺しの体験に起因している。父親殺しは人類全体にとっても深刻な経験であり、そこからすべての道徳と宗教が発生した。その父親殺しの体験が、個人においても、系統発生的に追体験される、というのが、このテーマに関するフロイトの当面の結論だったように思える。ドストエフスキーのような桁外れのスケールの人間は、人類全体の経験を一身に体現したような形で追体験する。そこがドストエフスキーの真の偉大さである、そうフロイトは言いたいようである。


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