知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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ヘレニズム・ローマ時代の哲学


ギリシャ哲学に続いて、ヘレニズム哲学が勃興し、これにローマ時代の哲学が続いた。

アレクサンドロスが広大な世界帝国を作り上げると、かつてのギリシャの都市国家は没落した。それにともない、都市国家を舞台に花開いた、自由で闊達な議論、自然や人間の本性を見極めようとする客観的で普遍的な精神は衰退した。人びとは開かれた大帝国にコスモポリタンとして生きることに反比例するかのように、ますます個人的で主観的な世界に後退していったのである。この大帝国の時代を彩る文化をヘレニズムという。
(エピクロスの胸像)

ヘレニズムの時代には、キュニコス派、懐疑派、ストア主義、エピクロス主義の四つの哲学潮流が盛んになった。いづれも政治や普遍的な問題からは目をそむけ、どうしたら人間は邪悪な世界にあって有徳になりうるか、あるいは外的な苦難を乗り越えて幸福になりうるか、といった個人的な問題に取り組んだ。その中で後世に最も強い影響を及ぼしたのは、ストア主義とエピクロス主義である。ストア主義は禁欲を旨とし、エピクロス主義は快楽を旨とするとよく言われるように、この両者は全く逆の主張をしているようにも思われているが、個人の内面の幸福を重視するという点では、共通しているのである。

またキュニコス派も懐疑派も、政治や社会のあり方とか、普遍的な価値とかいったものに殆ど無関心なことでは、ストア派やエピクロス派と違いはない。だからヘレニズム時代のこの四つの潮流は、いずれも公のことから後退して、人間の私的なことがらに注意を集中する傾向を共有していたと言える。こうした傾向をミシェル・フーコーは、「自己への配慮」と名付けた。

ローマ帝国の時代になると、この四つの流れに新プラトン主義が加わり、思想の趣は個人の魂の救済といった問題にますます収斂していった。そして中世のキリスト教的な世界観へとつながっていく。だからヘレニズム・ローマ時代の哲学は、古代から中世への、ヨーロッパ社会の変動を橋渡ししたものと位置付けることもできよう。ここでは、そうしたヘレニズム・ローマ時代の思想の概要について一瞥をくれたいと思う。


ディオゲネス:犬儒派或はキュニコスの徒

ピュロンと懐疑主義の哲学

ゼノンとストア派の哲学

エピクロスと快楽主義の哲学

プロティノスと新プラトン主義



エピクロス再論

エピクロスの自然観



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