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アメリカは何故イスラエルを偏愛するか


イスラエル国家の成立には複雑な国際事情が働いていた。イスラエル建国への歩みを始めたのはヨーロッパにいたユダヤ人だったが、かれらの力だけで成就したわけではなかった。イギリスはじめヨーロッパの大国の利益が複雑にからんだ。それをユダヤ人が利用し、またイギリスなどのヨーロッパ諸国もユダヤ人を利用しながら、イスラエル国家を成立させたといってよい。ユダヤ人にとっては、それは夢に見た自前の国家を持つことであり、イギリスなどヨーロッパの大国にとっては、自国内の厄介者を追いはらう先を見つけることだった。一方もともとパレスチナに住んでいたアラブ人たちにとっては、それは住処から追われることを意味し、災厄以外の何ものでもなかったわけだ。

イスラエル国家はアラブとの対立において、武器の調達をはじめ、多くをヨーロッパの大国に依存した。イギリスへの憎しみがフランスとの接近をもたらし、また1967年の第三次中東戦争以降は、アメリカがイスラエル国家の後ろ盾となった。その構図はいまも変わっていない。イスラエルはアメリカの庇護があるおかげで、アラブ諸国の敵意に囲まれながら存在し続けているといってよい。アメリカがイスラエル国家の庇護者であり続ける理由は色々ある。基本的には、アメリカの中東政策にとって、イスラエルが頼りになる同盟国であるということがあるが、アメリカ国内におけるユダヤ・ロビーの存在も無視できない。このユダヤ・ロビーがアメリカの中東政策をイスラエル寄りにしているという面が強い。

アメリカはもともとから親ユダヤだったわけではない。イスラエルの建国には、ほとんどといってよいほどかかわっていない。アメリカの中東政策は、当初はアラブ諸国に気を配ったものだった。それにはやはり中東のアラブ諸国が保有する膨大な石油資源があった。その石油資源にアクセスするという要請が、アラブ諸国への気配りを生んだのである。アメリカがイスラエル国家のほうを重視するようになるのは、第三次中東戦争以降のことである。この戦争にイスラエルが圧勝したことによって、アメリカはイスラエルを中東の大国と認めねばならなかった。そこでイスラエルと手を組みながら中東政策を展開するようになるが、それでもアラブ諸国への配慮は忘れなかった。アメリカが完全にイスラエルの味方となり、アラブ諸国を軽視、とくにパレスチナ問題へのかかわりを軽視するようになるのは21世紀に入ってからである。

もっともそれ以前から、アメリカのイスラエル贔屓は進行していた。イスラエルへの共感をアメリカ大統領として初めて大袈裟に表明したのはレーガンだったが、それにはアメリカ国内におけるユダヤ贔屓の動きが作用していた。アメリカには、キリスト教原理主義といわれる福音派の強い影響があることが指摘でき、その宗教的な動きが二・三十年おきに定期的に盛り上がるといわれる。レーガンを大統領にした最大の力は、その福音派の宗教的な情熱の盛り上がりだった。このキリスト教福音派は、キリスト教シオニズムというべき主張を持っていて、イスラエルのユダヤ人に対して好意的である。レーガンはそれを察知して、自分を大統領にしてくれた福音派に配慮して、イスラエル国家への連帯を強調したのだった。ユダヤ人とは相性が悪いといわれた共和党の大統領がユダヤ贔屓になったのは、これら福音派への配慮からだったのである。

レーガンに続くブッシュ(父)はどちらかというとアラブ寄りだったが、それは共和党の伝統に回帰したということと、ブッシュ自身アラブの石油に利権を持っていたからだ。クリントンは民主党の大統領だったが、民主党は伝統的にユダヤ人と相性がよいということもあり、イスラエル国家に対して友好的だった。それでも、アラブ側にも一定の配慮を示し、イスラエルとパレスチナとの間に橋渡しをする労をいとわなかった。だがクリントンは外交が上手ではないと見えて、ほとんどなにもできなかった。

21世紀の最初の大統領は共和党の息子ブッシュだが、かれも父親と同じくイスラエルに特別の好意を持っていたわけではなかった。しかし2001年に起きた同時多発テロが思わぬ影響を及ぼす。息子ブッシュは「テロとの戦い」を宣言し、それがイスラムへの憎悪をアメリカ国民のなかに高めた。その憎悪に悪乗りしたのがイスラエル国家だった。息子ブッシュ時代のイスラエルの首相はシャロンだが、かれはパレスチナとの和平の努力を完全に放棄し、力による制圧に固執した。ブッシュは別段イスラエル国家の味方をしているつもりはなかったが、かれの「テロとの戦い」が、イスラエルに味方したのである。

息子ブッシュの次のオバマ大統領は、イスラエルとパレスチナの国境を1967年以前の状態にしたうえで、パレスチナ国家の樹立に向けて交渉すべきだと主張し、イスラエルに対して抑制的に振る舞った。イスラエルの首相ネタニヤフは、オバマのそうした主張に危機感を抱きながら、事実上それを無視する態度に出た。その態度は報われた。オバマが去ってトランプが登場すると、イスラエルへの更なる依怙贔屓が深まる。トランプは、これまでイスラエルの行ってきたことをすべて容認したのである。それは全面的にイスラエルの味方をするものであり、いままでアメリカが曲がりなりにもこだわってきた公平な第三者としての役割を完全に放棄したと言ってよい。トランプのアメリカは、イスラエルと一体化したと言ってよいのである。

トランプのイスラエル贔屓には、レーガン同様キリスト教福音派への配慮が働いているが、彼固有の背景もある。娘婿がユダヤ人であり、娘も又ユダヤ教に改宗している。つまり身内にユダヤ人を抱えているわけで、そうした個人的な事情が、アメリカ大統領としては異様なほどにイスラエル贔屓にさせているのだと指摘できる。

以上歴代大統領に対して、アメリカ国内のユダヤ人勢力が、イスラエル国家と連携しながらユダヤ・ロビーを形成し、強く働き掛けてきた経緯がある。アメリカ国内のユダヤ人の数は約600万人といわれ、かならずしも多いとは言えないが、しかし選挙の行方を左右するほどの影響を持つといわれる。というのも、かれらは非ユダヤ的な候補を標的にして、金にものをいわせたネガティブキャンペーンを行い、落選させることが多いからである。アメリカでは、ユダヤ人に憎まれたら当選できないというジンクスがあるほどだ。またユダヤ人は、第二次大戦後アメリカ社会での影響力を高めてきた。資金力でも政治力でもそうした影響力の高まりを指摘できる。以上の事情が複合して、アメリカはイスラエルを偏愛しているといわれるほど、イスラエル寄りの政策に傾いてきたわけである。



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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2015-2020
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