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臼杵陽「イスラエル」


臼杵陽「イスラエル」(岩波新書)は、第二次大戦後に生れたイスラエル国家とアラブ諸国との対立及びパレスチナ難民問題の本質に迫ろうとする試みである。なるべく公平たらんとする著者の気持が伝わって来るが、その気持は、イスラエル国家に同情が集まり、パレスチナ人はテロリスト呼ばわりされている世界の「常識」に、著者が反感をもっていることに根ざしているようだ。そういう常識においては、パレスチナ人の怒りと苦悩は無視され、ユダヤ人の行為が大目に見られる。それでは問題の本質がぼやかされてしまう。そういう問題意識から著者は、イスラエルの建国以後の歴史をなるべく公平に見ようとしているようである。

著者はもともとアラブ研究者だったと自己紹介している。そんなこともあって、アラブに対するユダヤ人国家の行いを批判的に見る視点が強まっているのかもしれない。イスラエル研究を始めた当初は、イスラエルについて否定的なイメージ、すなわち帝国主義の手先のシオニスト国家というようなイメージを抱いていたそうだが、研究を深めるにしたがって、そんなに単純なものではないと思うようになった。たしかにイスラエルは、シオニストによって建国され、シオニズムを生んだヨーロッパのユダヤ人、特に東欧出身のアシュケナージと呼ばれる人々が中心になって国づくりをしてきた経緯がある。だがその後北アフリカやロシアからの移民が増えるにしたがって、複雑な人口分布が進行するようになった。そうした人口動態の変化が、イスラエルの政治にも反映し、単純なシオニズムでは測れない様相を呈するようになった、と著者は見ている。

近年のイスラエル政治の特徴は、右翼的なナショナリズムが高まりを見せていることだ。そういう傾向がパレスチナとの和平交渉を頓挫させている。一旦は進展に向かったといわれる和平交渉は、オスロ合意が反故にされ、ほとんど絶望的な状況にある。著者がこの本を書いたのは2009年のことだが、その時点で和平への動きは完全に止まったと認識せざるをえなかった。その後の状況はもっとひどいものになっており、イスラエルによるパレスチナ全体の併呑という事態も現実化しつつある。

著者は言う、「パレスチナ問題の解決は、少なくとも中東地域の権力政治の力学という点からはイスラエルの手に委ねられており、パレスチナ問題の解決の鍵を握るイスラエルという問題は、アメリカ次第である。つまり、イスラエル問題はアメリカ問題でもあるということができる」

そのイスラエルは、もはやパレスチナ人とのあいだで、真剣な和平協議をしようという意欲をもたないばかりか、イスラエル国内からさえもパレスチナ系アラブ人を追い出そうとしているほどである。そんなイスラエルを、アメリカは制止する姿勢を見せないばかりか、ユダヤ人による占領地への入植容認とか大使館のエルサレムへの移転といった具合に、ユダヤ人の一方的な政策を後押ししている始末である。こんな具合だから、イスラエルとパレスチナの和解は永遠にできないのではないかと思わされる。

ともあれこの本は、そうしたイスラエルの政策がイスラエル国内の人口動態の変化を反映しているということに注目している。非ヨーロッパ地域から来たユダヤ人が相対的に多数になるにしたがって、ユダヤ人の歴史、たとえばホロコーストの歴史などは棚に上げて、パレスチナは聖書で保障されたユダヤ人の土地だというような理屈で、自らの侵略的なエゴイズムを正当化するようになってきた。だからそうした人口動態の変化を正しく見ない限り、イスラエル問題は理解できないし、イスラエルとアラブの和解へ向けた方向性も見えてこないと、この本は言っているように読める。




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