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臼杵陽「世界史の中のパレスチナ問題」


パレスチナ問題というと、ユダヤ人国家としてのイスラエルとの対比で論じられることが多いが、そのユダヤ人国家の樹立は、ヨーロッパにおけるユダヤ人迫害の産物としての側面を持っている。だから、非常に長い歴史的な背景を持っているわけで、今日における両者の対立に限定して論じることはできないというのが、「世界史の中のパレスチナ問題」の著者臼杵陽の基本的な立場だ。それゆえこの本は、聖書の時代のパレスチナの地にまでさかのぼって、パレスチナ問題の背景と内実について論じている。その論じ方には、なるべく両者にとって公平であろうとする意志が感じられるが、どちらかといえば、イスラエル国家に対して厳しい。それはイスラエルとパレスチナとの間の非対照的な関係において、イスラエルがパレスチナ人に対して暴力的であることへの批判的な視点があるからだというふうに伝わって来る。そうしたイスラエルの力を支えているのはアメリカを始めとした欧米国家であるわけで、こうした面でも、パレスチナ問題は国際的な視点から見なければならないと言うのである。

本書の構成は三部からなり、それぞれの部が五つの講義からなっている。第一部は「パレスチナという場所」と題し、パレスチナをめぐる過去のいきさつを通じて、今日のパレスチナ問題の歴史的な背景が明らかにされる。パレスチナ問題というと、普通は第二次大戦後のユダヤ人国家の樹立が起点とされ、せいぜい20世紀初めのシオニスト運動に遡るくらいなのだが、それを聖書の時代まで遡ってみるのは、パレスチナ問題が一筋縄では解決しない複雑な問題であるということを意識しているからだ。

第二部は「列強の対立に翻弄されるユダヤ人とアラブ人」と題して、今日のパレスチナ問題の直接の原因となったイスラエル国家の樹立と、その前後の動きについて考察される。ユダヤ人がパレスチナに国家建設の夢を託したのは、シオニズムの動きであったが、そのシオニズムは、ヨーロッパ社会でユダヤ人が迫害されたことの結果だった。それゆえユダヤ人の内部から出てきた動きであったわけだが、それをヨーロッパ諸国、特にイギリスとフランスが利用した側面もあった。とりわけイギリスは、ユダヤ人国家の樹立に決定的な役割を果たしたのだった。それについてはイギリスの帝国主義的国家意思が密接にかかわっていたほか、ユダヤ人を厄介払いしたいという思惑もからんでいた。ユダヤ人を厄介払いする先としてパレスチナが狙われたわけで、その点はフランスやほかのヨーロッパ諸国も同様だった。アメリカでさえ、ユダヤ人の移民流入を大きく制約したのである。したがってこの時期は、ユダヤ人とアラブ人が、欧米列強の思惑に振り回された時期といってよい。そのなかで、ユダヤ人とアラブ人の対立は、イスラエル国家とアラブ諸国の全面対決という形をとった。この時期のパレスチナ問題はだから、パレスチナをめぐってユダヤ人と全アラブが対立するという形をとったのである。

第三部は「『アメリカの平和』の終わりの始まり」と題して、第三次中東戦争以後のパレスチナ問題についての考察にあてられる。第三次中東戦争以後は、ヨーロッパ諸国は問題の表面から退き、アメリカがその穴を埋めるようにして登場した。アメリカにとってのイスラエルの価値が高まった結果だった。その一方で、アラブ諸国が次々と舞台から退場し、ユダヤ人国家としてのイスラエルとパレスチナ人とが直接対立するようになった。その対立は、一方は強大な軍事力を持つ国家であり、もう一方は基本的には国家とは言えない人間集団である。したがって対立は一方的な攻撃といった様相を呈する。その対立のなかでユダヤ人国家としてのイスラエルは、パレスチナ人に対してきわめて暴力的に振る舞っているというのが著者の見立てである。

この本が書かれたのは2012年のこと。その時点ですでに、パレスチナ問題は解決のめどの見えない袋小路に入っていたという印象を著者は書いているが、その後、ネタニヤフ政権のもとで一層解決の見通しは遠のいたように見える。特にアメリカにトランプ政権が出来てからは、パレスチナ問題そのものを認めないといった動きも強まり、このままではパレスチナ人は永久に離散を強いられる可能性さえ強まっている。

それでもなお著者は、「パレスチナ問題は人類の英知をかけて必ずや解決しなければならない世界史的な課題」であると言っている。このままパレスチナ人を離散の民にしてはならないというのである。とはいえ、パレスチナ人の置かれている状況は非常に厳しく、絶望的といってもよいほどである。そうした状況を前に著者は、「なぜこのような不正・不義が放置され続けるのかと憤ったり」するのである。

ユダヤ人による不正・不義については、最近国際司法組織によって2014年以降のイスラエルの戦争犯罪を追及する動きが出ており、それに対してイスラエルのユダヤ人は猛反発している。トランプのアメリカもまたイスラエルの肩を持ち、パレスチナ人の権利を認めないような発言をしている。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2015-2020
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