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今こそマルクスを読む


マルクスほど現代思想に大きな影を落とした思想家はないであろう。影響といわず単に影というのは、その影響の仕方に複雑なものがあるからだ。マルクスの思想に共鳴して、それを自己の思想的な基盤に据えるような、いわばプラス方向での影響もあれば、その思想に反発して、なんとかそれを無力化しようとするマイナスの方向での影響もある。どちらにしても、マルクスは熱く論じられてきた。その最大の理由に、マルクスの思想が現実の歴史を動かしてきたということがある。ソ連はじめ20世紀に成立した社会主義国家が、どれほどマルクスの思想を実現したのか、議論の余地はあるが、まがりなりにもマルクス主義の名を掲げたのであったし、資本主義を擁護する思想家たちも、マルクスの思想的意義に鈍感ではありえなかった。かれらはかれらで、マルクスを意識しながら、資本主義体制の美点を強調せざるを得なかったわけだ。

つまりマルクスの思想は、19世紀から20世紀の終わり頃までは、現実に歴史を動かしてきたし、またいわゆる現代思想にも巨大な影響を及ぼしてきた。ところが、20世紀の終わり頃から、様相が違ってきた。マルクスの思想の有効性といったものに、公然と異議がとなえられ、場合によっては、マルクスは過去の思想家だと断定された。それには、ソ連をはじめ社会主義体制の国家群が崩壊したことが働いている。これら国家群の社会主義体制が崩壊したことは、その基盤となったマルクス主義の無効性を証明し、資本主義こそが唯一の社会モデルだとの主張を強めさせた。こういう主張を精力的に展開したのは、日系のアメリカ人学者フランシス・フクヤマであったが、フクヤマは、資本主義あるいは経済的自由主義こそが、人類が最終的にたどりついた社会モデルであって、社会主義は歴史の一時期における逸脱的な現象だったという趣旨の主張をしたものである。そういう声が大きくなる中で、マルクスはいわば忘れられた思想家扱いされるようになった。

しかし、フクヤマに代表される動きは、マルクスの思想的な意義を全くわかっていないといわざるをえない。たしかにフクヤマのいうとおり、社会主義を標榜した体制は大部分が崩壊した。いま残っているのは中国と北朝鮮ぐらいだが、北朝鮮を別にすれば、中国はもはや社会主義国家とはいえない。と言うより、中華人民共和国は最初から社会主義国家ではなく、一度も社会主義体制を実現したことはない。中華人民共和国を創り出したのは毛沢東だが、毛沢東の考えには、マルクスの思想は見られない。見られるのは中国の伝統的な思想の残滓である。

そんなわけで、今日純粋な社会主義体制の国は存在しないといってよい。これをもって、フクヤマは、社会主義は破綻して、資本主義だけが最終的なモデルとして生き残ったというわけであるが、だからといって、そのことがマルクスの思想の無効性を証明したとはいえない。

というのは、中華人民共和国もそうであるが、ソ連をはじめ大部分の社会主義国家は、マルクス主義を標榜しながらも、マルクスの思想を実現したわけではなかったからだ。ソ連を生みだしたのはレーニンだが、レーニンはマルクスの思想に忠実だったからソ連を生み出したわけではない。ソ連は、マルクスが言う意味での、高度な資本主義の矛盾が生み出したわけではないのである。ソ連を生み出したのは、ロシアの専制主義への民衆の嫌悪である。ツァーリの非人間的な抑圧が、民衆を反抗に立ちあがらせ、その反抗のエネルギーが革命に発展した。革命とは言うが、この言葉はレーニンがマルクス主義者として使ったもので、実態は、革命にことよせて、ボリシェビキが権力を奪取したということだ。その権力は、マルクスが予言したようなプロレタリアの権力ではなかった。そもそも当時のロシアには、まだ階級としてのプロレタリアートは成熟していなかったのである。

そういうわけであるから、20世紀に成立した社会主義国家群は、社会主義の名を標榜してはいたが、それはマルクスが主張した社会主義・共産主義とは似て非なるものであった。ソ連の社会主義は、資本主義の矛盾が生んだわけではなく、したがってプロレタリアが階級として権力を掌握したわけではない。権力を掌握したのは、一握りの政治集団であって、かれらはやがてスターリンを中心とした強大な官僚組織を作り上げていく。ソ連はその官僚組織が自らの利害を貫徹するための官僚国家になっていったのである。官僚国家であるから、民衆の間に基盤をもたない。かれらの利害は民衆と共有されていたわけではない。ソ連がいとも簡単に崩壊した理由はそこにある。また、中華人民共和国についていえば、それはマルクスが描いたような社会主義・共産主義のビジョンによって成立したものではなく、中国の伝統的な王朝国家の延長上にあるものだ。中国の歴代の王朝は、基本的には民衆に基盤をもっておらず、民衆から遊離した官僚たちが運営し、その官僚の頂点に皇帝がいた。いまの中国では、共産党組織が官僚組織を形成し、その頂点に習近平がいるというわけである。

社会主義を標榜したこれらの国家体制が崩壊したからといって、マルクスの思想の無効性が証明されたとは、決して言えないのである。なぜならそれらの国家体制は、上述したような理由で、マルクスの思想に立脚していたわけではなかったからである。

これらの社会主義的国家体制の崩壊によって、資本主義的社会体制が世界の標準モデルになったというのは、フクヤマのいうとおりである。しかしそのことは、資本主義的モデルが今後永遠に続いていくということを保証するものではない。かえって逆である。資本主義的モデルが唯一のモデルとなり、地球全体を覆うようになると、これまで隠されてきた資本主義の矛盾がむき出しの形で拡大するのである。グローバリゼーションは、資本主義を地球規模に拡大する。いまやそういう時代である。こうしたグローバルな資本主義体制のもとでは、資本は世界をまたぐ形で労働を搾取するようになる。マルクスの時代には、階級対立はまだ国境の内部に納まっていたが、いまやグローバルな資本が、世界中の労働者を搾取する。世界の人口は、資本家か労働者かの、いずれかに分類される。こういう構図の中では、中国の資本家が日本の労働者を搾取して利潤をあげるというようなことが一般化される。

資本主義がこれまで、有力な社会モデルとして機能してきたことには、それなりの理由がある。ひとつはソ連などの社会主義体制との競争、もうひとつは国民国家による大規模な戦争、この二つの事情が、資本主義をしてその固有の矛盾を緩和する政策をとらせた。社会主義との競争においては、資本主義は労働者への過酷な搾取をさしひかえざるを得なかった。搾取がひどすぎれば、人びとは社会主義の優位性を認めるだろうからである。また国民国家による戦争への衝動は、20世紀には二度の世界大戦に発展した。20世紀の戦争は総力戦といわれ、全国民を戦争に動員した。そうした政策は国民、とくに労働者階級の支持がなければなりたたない。そこで20世紀の諸国家は、労働者階級の強い支持を得るために、手厚い社会保障システムを構築した。こうした動きが、資本主義国家への労働者階級の支持を招き寄せ、その分、資本主義国家の存立基盤が強まったのである。

ところが、ソ連などの社会主義的国家体制が崩壊すると、上述したような衝動は弱まる。ソ連が崩壊したことで、20世紀を彩ってきた冷戦が終了し、また戦争の可能性も弱まった。こうした変化は、資本主義の労働者階級への向かい方に大きな変化をもたらした。国家レベルで言えば、戦争の可能性が弱まったことで、いわゆる福祉国家への衝動も弱まる。いまや新自由主義を合言葉に、福祉は削られ、自己責任が強調されるようになる。資本は国際化し、国籍が無意味になる。資本はもはや労働者を搾取することに何の遠慮もいらない。実際、グローバル企業のほとんどは、生きるためのギリギリの賃金で労働者をこきつかいながら、自分たちは想像を絶する巨額な報酬を手にしているのである。

つまり、資本主義がグローバルに展開するなかで、資本主義が内在させている矛盾が全面的に暴露されてくるのである。その矛盾は、マルクスがすでに予言していたものだ。だからマルクスを注意深く読めば、資本主義が今後どんな方向に向かっていくか、それを考えるについてのヒントを得られる。ということは、マルクスは、その歴史的な意義を失ったわけではなく、ますます思想的な重要性を増しているといえるのである。今ほどマルクスを読む意義が高まっている時代はないと、強い調子で言えるのである。

本プロジェクト「今こそマルクスを読む」は、そうしたマルクスの現代的な意義を考え、来るべき時代のビジョンを描こうと試みるものである。ところでマルクスには、資本主義経済の分析家という側面のほかに、人間の本質を考えた思想家という側面がある。むしろその側面のほうが、マルクス研究の中心を占めていたといえる。本プロジェクトは、こうしたマルクスの多面的な側面が見えてくるように心がけたいと思う。



マルクスの今日的意義
マルクス「ユダヤ人問題によせて」
マルクス、ユダヤ人を語る
マルクス「ヘーゲル法哲学批判序説」
経済学・哲学草稿:マルクスの資本主義論
疎外された労働:マルクス「経済学・哲学草稿」
共産主義についてのマルクスのイメージ:経済学・哲学草稿
マルクスのヘーゲル弁証法批判:経済学・哲学草稿
ドイツ・イデオロギー
マルクス「哲学の貧困」
「哲学の貧困」独逸語版へのエンゲルスの序文
共産党宣言の現在的意義
マルクス・エンゲルスの社会主義批判
ルイ・ボナパルトのブリュメール18日:マルクスの階級闘争史観
経済学批判:マルクスを読む
商品、貨幣、資本:マルクス「経済学批判」
貨幣論の批判:マルクス「経済学批判」
マルクス「経済学批判要綱」への序説
経済学の方法:「経済学批判序説」から


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