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プラトンの「饗宴」読解


プラトンは、最初のイタリア旅行から帰った40歳頃に、アカデメイアに学園を開き、弟子に教える一方、旺盛な著作活動を始めた。この40歳頃から60歳頃までを、プラトン著作活動の中期と呼ぶのが大方の了解となっている。「饗宴」は、その中期のうちの比較的早い時期に書かれたと思われる。というのも、この著作では、イデア論をはじめ、プラトンの主要思想がそれほど深くは論じられておらず、初期の対話篇を特徴づける倫理的なモチーフが取り上げられる一方、師ソクラテスへの強い尊敬の念が窺われるからである。

「饗宴」と題したこの対話編は、大きく二つの部分からなっている。前半は、六人の人物がエロース(恋)についての、各々の考えを披露しあうというもので、後半は、ソクラテスを深く愛するアルキビアデスが、ソクラテスの人格のすばらしさをたたえるというものである。エロースについての議論も、ソクラテスの賛美も、理論的な深さを感じさせるものではない。しかしこの対話篇には独特の魅力があるので、古来プラトンの著作の中では最も人気のあるもののひとつだった。

この対話編は、現在進行中の対話を、そのままに記録するというやり方はとらず、過去に行われた対話の内容を、その対話の参加者から聞いたという第三者が、その聞いた内容を回想するというスタイルをとっている。したがって他の対話篇にあるような臨場感は薄れている。そのかわりに対話中の発言のエッセンスが、手際よく再現されているようなところがある。要するに、他の対話篇にくらべて、論議の展開が秩序だっているのである。

テーマとなった対話は、かなりの過去に行われたものである。アガトンが悲劇のコンクールに優勝したことを祝って、ソクラテス以下五人の友人たちがアガトンの屋敷に押しかけ、そこで祝宴を催した。その祝宴の席で、アガトンを含めた参加者それぞれが、エロースをたたえる言葉を披露しあった、というのがこの対話篇のメーンプロットである。六人がそれぞれ自分の意見を述べて盛り上がっているところに、アルキビアデスがあらわれる。そのアルキビアデスにも(エロースについて)話をするようにアガトンらが迫ったところ、アルキビアデスは、日頃愛してやまないソクラテスについて、その人柄のすばらしさを賛美するのである。この部分は、ソクラテスの生き方について証言したものとして、古来重視されてきたものだ。

対話の模様を再現して語るのは、アポロドロスという人物だ。この人物自身は、当該の対話には参加していなかったが、というのも彼はその時まだ子供だったからだが、あとで大人になってから、この対話の参加者であったアリストデモスから、対話の要点を聞いた。その要点を思い出すという形で、対話の様子を再現して見せるのである。したがってこの話は、又聞に基づくということになるが、又聞にしては、なかなか迫力に富んでいるのである。

アポロドロスが又聞した話の内容を再現する気になったいきさつは、対話篇の冒頭でさらりと、全体への導入部という形で言及されている。アポロドロスに向ってある友人が、アガトンの屋敷で催されたというエロースについての対話の内容を話してくれないかと求めた。おそらく巷で噂になるほど、この対話のことは有名だったのであろう。それについてアポロドロスは、つい最近も同じような求めを、知り合いのグラウコンからされたばかりだから、話の内容は頭の中で整理されているという。その際に、グラウコンが、君もその場にいたのかねと聞くから、僕はその時にはまだ子供だったと答える。そして自分はアリストデモスから聞いたのだと言って、その話を又聞として話したのだが、それと全く同じ内容の話を、この友人にも話して聞かせるというわけなのである。

この対話がなされた宴会は、アガトンの優勝を記念して、彼の屋敷で催されたのだが、アリストデモス自身は、その宴会に招かれていなかった。その彼を誘って宴会に参加させたのはソクラテスであった。そのソクラテスと、アリストデモスは偶然逢ったのだったが、その時ソクラテスは湯上がりにサンダルという姿だった。普段のソクラテスにはめずらしい姿だと言及されている。

ともあれ、ソクラテスはアリストデモスに向って、アガトンの宴会に一緒に行こうと誘う。アリストデモスは、「ホメロスの言うように、つまらぬ身をも顧みず、呼ばれもしないで智者の宴席に出かけていく危険を冒すことになるでしょう」といって躊躇するのだが、好奇心のほうが勝って一緒に行くことにする。ところがソクラテスはいつもの癖で、考え事をしてなかなか前へ進まない。そこでアリストデモスが先に一人でアガトンの屋敷に赴くのだが、そんなアリストデモスをアガトンは、「ちょうどいいところに来たね。さあ一緒にご馳走をたべよう」といって、仲間に入れてくれるのである。

ソクラテスがなかなか現れないので、しびれを切らしたアガトンが、召使に迎えにやらせようとするが、アリストデモスはそれを遮り、あれはあの人の癖なのだからそっとしておいてほしいという。そのうちソクラテスがやってくると、アガトンは自分の隣に横になってくれと指示する。当時のギリシャの宴会は、寝椅子に横になりながら、食事をしたもののようである。アガトンはソクラテスをからかって、あの車寄せのところであなたにやって来た智慧を、僕に受けさせてくれと言うが、それに対してソクラテスは、「もし智慧がそういう性質のものならば、結構なことだろうね。つまり、ぼくらが互いに触れ合えば、ぼくらのうちのいっぱいになっているほうから空のほうに流れるものならばね」と答えるのだ。

宴会はつぎのような手はずで進んだ。まず寝椅子に横たわりながら御馳走を食べる。皆がご馳走を食べ終わると、一同して潅奠の儀を行い、神への賛歌を歌い、その他定めの儀式を執り行ってから、酒を飲む。潅奠の儀というのは、酒あるいはそれに類する液体を用いて、神への捧げものをするということらしい。これを含めて、宴会では神を讃えるというのが、当時のギリシャ人の風習だったようである。

いよいよ酒を飲む段になって、参加者の一人パウサニアスが発言する。かれは昨日飲みすぎたせいで二日酔いが覚めておらず、これ以上飲める状態ではない、と。これにはアリストパネスも同調して、自分も昨日浴びるほど飲んだ一人だという。するとエリュクシマコスは、たしかに酒に弱い者が、これ以上酒を飲むのは殺生なことだ。唯一の例外を除いてはね。その例外とはソクラテスのことだ。ソクラテスはいくらでも底なしに飲めるからと言う。実際ソクラテスは、酒にはめっぽう強かったようなのである。

ともあれこんなやり取りを通じて、銘々無理に酒を飲むことはやめて、その代りに言論を発表しようということになった。そこでテーマを何にするかが問題となったが、それについてはエリュクシマコスが提案をした。エロース(恋)をたたえる言葉を各自披露しようというのである。その理由としてエリュクシマコスがあげるのは次のようなものである。「ほかの神々には、詩人によって賛歌や頌歌が作られているのに、エロースに対しては、あのように神さび、あのように偉大な神でありながら、いまだかつてただ一人の詩人さえもが全然賛美の歌をつくっていないのだ・・・この神を賛美することは、今の場合ここにいるぼくらにとって適切なことであると思う」。そうすれば我々は、言論で楽しい時間を過ごすことができるだろうというわけである。

このようにして、この宴会での対話は、エロースについての言論のやりとりになったのである。(この小論で引用したテクストは鈴木輝雄訳)


饗宴読解その二

饗宴読解その三


饗宴読解その四

饗宴読解その五

饗宴読解その六


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