知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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非政治的人間の政治的省察


壺齋散人は、決して政治的な人間ではなく、どちらかというと非政治的な人間であるが、政治に全く関心をもたないわけではない。とりわけ今日の日本のように、政治家と称する連中が好き勝手なことをやりまくり、この国に生きることをあじけなくしているさまを見ると、多少は物を言いたい気分にもなる。好事家の老人が言うことだから、多くは的を外れたざれごとに聞こえるかもしれぬが、ざれごとでも、何も言わないよりましなことはある。そんな思いから、時局ごとに感じた事柄を、エッセーの形をかりて表出する。題して非政治的人間の政治的省察となす。


現代政治を考える

グローバル化とナショナリズム

民主主義とポピュリズム

民主主義の二つの源流

民主主義の原型としてのギリシャ・デモクラシー


民主主義と正義

民主主義と正義(二)

民主主義と正義(三)

民主主義と正義(四)

民主主義と正義(五)


政治思想

職業としての政治:信念倫理と責任倫理

カリスマ的支配:ウェーバー「支配の社会学」を読む


グラムシを読む

現代の君主:グラムシを読む

歴史的ブロック:グラムシを読む

ヘゲモニーと知識人:グラムシを読む

機動戦と陣地戦:グラムシを読む

グラムシの国家論

実践の哲学とグラムシの人間観

フォーディズムとアメリカ資本主義:グラムシを読む

J・ジョル「グラムシ」

グラムシの今日的意義

スラヴォイ・ジジェク「ポストモダンの共産主義」


カール・シュミットを読む

政治的なものの概念:カール・シュミットの友・敵理論

カール・シュミットの民主主議論

カール・シュミットの議会主義批判

カール・シュミットの大衆民主主義論

カール・シュミットのルソー批判

カール・シュミット「政治的ロマン主義」

カール・シュミット「政治神学」

カール・シュミットの独裁論

シュミットのモンテスキューとルソーについての見方

カール・シュミットの戒厳状態論

大統領の独裁:シュミットのワイマール憲法第48条解釈

仲正昌樹「カール・シュミット入門講義」その一:政治的ロマン主義

仲正昌樹「カール・シュミット入門講義」その二:政治神学

仲正昌樹「カール・シュミット入門講義」三:政治的なものの概念

カール・レーヴィットのシュミット批判

デモクラシーの本質と価値:ケルゼンの民主主義論


ハンナ・アーレントの政治思想

人間の条件:アーレントの政治思想

アーレントとマルクスの労働観

公的領域と私的領域:アーレントの政治思想

アーレントの世界疎外論

ハンナ・アーレントの革命論

矢野久美子「ハンナ・アーレント」を読む


ホフスタッターのアメリカ政治史

アメリカの政治的伝統:ホフスタッターのアメリカ政治史

ジェファーソンと建国の父祖たち:ホフスタッターのアメリカ政治史

リンカーン:ホフスタッターのアメリカ政治史

アメリカの金ぴか時代:ホフスタッターのアメリカ政治史

ウィルソンとF・D・ローズヴェルト:ホフスタッターのアメリカ政治史


正義論を読む

マイク・サンデルの正義論

マイク・サンデルの共通善

公正としての正義:ジョン・ロールズの正義論

ジョン・ロールズの市民的不服従論

パレート均衡とロールズの格差原理

刑罰における正義:ロールズの正義論


政治論レビュー

佐々木毅「アメリカの保守とリベラル」

森政稔「変貌する民主主義」:自由主義と民主主義

保守革命と新保守主義:森政稔「変貌する民主主義」

森政稔「迷走する民主主義」を読む

斎藤純一「不平等を考える」を読む:民主主義をめぐる原理的考察



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