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イエス・キリストとしてのドン・キホーテ


「ドン・キホーテ」は基本的にはスペイン中世に流行した騎士物語のパロディといえるのであるが、それにとどまらず、さまざまなものを材料として取り入れている。悪漢を主人公とするピカレスク小説、羊飼いたちの生活を理想化した牧人小説、モーロ人とキリスト教徒との葛藤を題材としたモーロ小説などである。「ドン・キホーテ」はこれらをパロディとすることで、その時代遅れな馬鹿馬鹿しさを笑いのめすのである。

しかしパロディ仕立ての中でも、騎士物語に劣らず重要な役割を果たしているのは、聖書の世界だ、ということを、セルバンテス研究家の牛島信明が主張したことがある(ドン・キホーテの旅)。牛島によれば、ドン・キホーテはイエス・キリストのパロディでもある、ということになる。

この主張を読んで、筆者は意外な感に打たれたものである。というのも、この作品の中には、敬虔な感情の対象としても、まして笑いの対象としても、聖書ないしキリストが材料に使われている場面を見出せないからである。どこが聖書のパロディなのか、ましてドン・キホーテのどこがキリストのパロディなのか、そう感じたわけである。

牛島は、聖書と「ドン・キホーテ」との類似性を次々と指摘して、ドン・キホーテが暗黙的にせよ、聖書を下敷きにしている部分を多く抱えていることを証明しようとする。たとえば、キリストが言葉の化身だったのに対応して、ドン・キホーテは言葉の化け物であった、つまり騎士道物語で展開されていた言葉の世界がそのまま乗り移っているのがドン・キホーテなのだという点が一つ。

もう一つは、ドン・キホーテは物語の中で三度遍歴の旅に出かけるが、キリストも三度の旅立ちをしたという点。一度目はマリアの腹を借りてこの世に生まれたこと、二度目は洗礼者ヨハネの洗礼を受けて布教の旅へと出かけたこと、三度目は地上から天上の世界へ旅立っていったことである。

三という数字は、キリスト教においては特別の意義を持った数字とされ、父と子と聖霊の三位一体をはじめ、聖書のさまざまなところで有意味な使われ方をしている。ドン・キホーテにおいても、三という数字が節目節目で使われている。たとえば、ドン・キホーテは思い立って三日目に旅に出た、思い姫ドゥルシネーアに懸けられた魔法を解くためには、サンチョが自分の尻を三三〇〇回たたく必用があると考えた、そして最後に当たっては、遺言作成の日から三日目に死んだことなど、枚挙にいとまがない。

また、ドン・キホーテは周囲のものから狂気をあざ笑われて、石を投げられたり棒うちを食らったりするが、イエス・キリストもやはり、民衆によって嘲笑され、十字架にかけられるという点があげられる。

その最も象徴的な部分を二つあげよう。一つは、キリストがピラトの兵卒らによって民衆の前に引き出され、そこで侮辱を受けるシーンであり、もう一つは、キリストがゴルゴダの丘で十字架にかけられるシーンである。これらのどちらについても、ドン・キホーテによって、キリストとまったく同じ苦悩が追体験されるのである。

まず、ピラトの兵卒による侮辱の場面を、マタイ伝から引用しよう。

「それから総督の兵卒らはイエスを総督官舎に連れて行き、王の茶番狂言を見せるために、全部隊を彼のまわりに集めた。そしてイエスの着物をはいで自分たちの緋の外套を着せ、茨で冠を編んで頭にかぶらせ、右手に葦の棒を持たせて、王に仕立てた後、その前にひざまずき、<ユダヤ人の王、万歳>といってなぶった」(マタイ伝、塚本虎二訳、岩波文庫版)

これは、兵卒たちによって、緋色のマントを着せられ、茨の冠をかぶせられたイエス・キリストが、民衆の前に引き出される有名な場面である。西洋の画家たちは、中世からルネサンスの時代にかけて、このテーマを執拗に描いたのだったが、それはキリストの受難が、人々の心を激しく動かしてきたことを物語っている。

ところがその受難を、ドン・キホーテもまた蒙ることになる。その場面を引用しよう。

「広い中庭に入った時、ふたりの美しい乙女が近づいて、ドン・キホーテの肩に猩々緋の豪奢な大マントを着せかけた。そうして、見る間に、中庭を取り囲む回廊という回廊に男女の家臣が顔を並べて、大声に言った。
「遍歴の騎士の華と精髄、ようこそおいでなされた」(ドン・キホーテ続編第31、永田寛定訳、以下同じ)

緋色の大マントを着せられたドン・キホーテが大勢の人の前に引き出され、歓迎の言葉を受けるのは、イエス・キリストの場合と全く同じ構図である。違うのは、イエス・キリストが受難の苦悩に堪えているのに対して、ドン・キホーテには、自分に向けられた嘲笑の意味が分からないという点である。

次に、ゴルゴダの丘での処刑の場面を引用する。

「ゴルゴダというところ〜すなわち髑髏の所〜に着くと・・・イエスを十字架につけ・・・イエスの頭の上には、これはユダヤ人の王イエスである、と書いた罪状が掲げられた」(マタイ伝、塚本虎二訳、岩波文庫版)

イエスが処刑されたのは、ここにも言及されている通り、ユダヤ人の王様面をしていると民衆によって受け取られ、憎まれた結果である。それ故、ユダヤ人の王イエス、と頭の上に書かれたわけである。

これに対して、ドン・キホーテも、背中にイエス・キリストと同じような落書きを書かれる場面がある。

「ドン・キホーテはロシナンテではなく、ゆっくりとした足取りの、きらびやかに飾りをつけた大きな騾馬に乗せられた。ドン・キホーテに見えないように、長袍の背に羊皮紙を縫い付け、<この者はどん・きほーて・で・ら・まんちゃ也>と大書してあった」(ドン・キホーテ続編第62)

以上に引用した場面では、セルバンテスはイエス・キリストに言及しているわけではなく、したがって、ドン・キホーテがイエスのパロディであるなどとは一言も匂わせてはいないわけだが、しかしこの場面を読んだ同時代のスペイン人は、ここに書かれていることが、聖書からの引用であると、ピンときたに違いない。

こんな議論を展開することを通じて、牛島はドン・キホーテがイエス・キリストのパロディであり、また「ドン・キホーテ」という小説が「聖書」のパロディになっていると主張するわけであるが、こうした細かい比較よりもっと根本的な類似性があると、牛島は言う。それは、この二つの物語世界が、どちらも語られていたことの実現、つまり予言の成就という構成をとっていることだという。

福音書の中には、イエスによってなされる奇跡をはじめ様々な出来事が、旧約聖書の中で予言者によって予言されていたことが成就したのだとする記述が多い。それのみならず、イエスの生涯全体が、旧約聖書で予言されていたことの成就だとする見方もある。

この見方を牛島は、トーマス・マンを引用しながら紹介している。トーマス・マンは、イエスが十字架の上で最後に発した言葉、「わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか」をとりあげる。この言葉は、イエスの絶望を表現したものだと受け取られることもあるが、そうではなく、詩編第22章の冒頭にある言葉を、イエスが引用したのである。詩編の言葉を引用することによって、イエスは聖書で予言されていたことが、いままさに成就されようとしていることを確認しているのだ、とマンは解釈した。

この解釈に立てば、イエスの生涯は、既に書かれていたことの成就であったということができる。そうだとすれば、ドン・キホーテの生涯もまた、イエスと同じ意義を持つのではないか、つまりドン・キホーテはかつて書かれたことを成就するために、己の生涯を捧げたのだ、そうもいえるわけである。

こうしてみれば、「ドン・キホーテ」という作品が、いかに重層的なパロディの塊からなっているか、納得される。





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