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イスラーム神秘主義の存在論:井筒俊彦「コスモスとアンチコスモス」


井筒俊彦の論文「事事無礙・理理無礙」の後半は、イスラーム神秘主義の思想家イブヌ・ル・アラビーの存在論(「存在一性論」という)を取り上げる。それも華厳哲学のタームを用いて、イスラーム神秘主義の特徴を解明しようというのである。それを単純化していうと、華厳哲学の四種法界をベースにして、それにイスラーム神秘主義特有のものとして、「理理無礙」を加えるということになる。

「理理無礙」とは何か。「理」に二つの層を設定することとかかわる。華厳哲学において理は、単一の層からなるものだった。華厳哲学は、「事」の深層に「理」を設定する。「理」は分節される以前の無分節の状態である。それが自己分節することで「事」の世界が現出すると考える。それ故、「事」には日常的な経験世界としての第一次的な「事」と、一旦「理」をくぐりぬけて、「理」の自己分節として現出した世界としての第二次的な「事」との二つの層があるとされる。第二次的な「事」は、「理」をそのうちに含んでおり、「理」との間に実質的な区別はない。その状態を華厳哲学は「理事無礙」と言った。その上、第二次的な「事」においては、事物同士の間での境界線が消失して、すべての事物は互いに融合しあっている。そういう状態をさして華厳哲学は「事事無礙」と称した。

こうした華厳哲学の「四種法界」と言われるものに加えて。イスラーム神秘主義は「理理無礙」というタームを持ち出してくるわけだ。華厳哲学においては、「理」は単一の層からなり、それが自己分節することで、いきなり「事」の世界が現出するということになっていた。「理」と「事」は直接隣り合っている状態と考えられているわけだ。「理」がストレートに「事」となるのである。それに対してイスラーム神秘主義、ここで井筒はイブヌ・ル・アラビーによって代表させているが、そのイブヌ・ル・アラビーのイスラーム神秘主義(存在一性論)は、「理」に二つの局面というか、層を設定する。華厳哲学の「理」に相当するものを「理その一」とすると、それと「事」との間に、一つクッションを設ける。それもまた「理」の一つの様相とされるので、それを「理その二」としよう。すると、「理」が分節して「事」となるプロセスは次のようになる。すなわち、まず「理その一」が自己分節して「理その二」になる、ついで「理その二」が分節して「事」となって展開する、というわけである。

「理その二」の内実をイブヌ・ル・アラビーは、「元型」と表現する。「元型」は、意識の最深層と表層との中間にあって、最深層に存在するとされる「理」が第一次的に自己分節したものである。それは、「理その一」よりは具象的、つまりイメージ性に富んでいる一方、表層意識に現われる「事」の世界よりはずっと根源的である。元型においては、事物相互の境界線は明かになってはおらず、あらゆる事物はまだ互いに融合しあっている。それが互いに境界線を明確にしていくことで、日常的な「事」の世界が成立するわけである。「元型」については、別稿でも触れたところであるが、要するに人間の深層意識にあって、日常的な経験世界がそこから成立してくるための、存在エネルギーの貯蔵庫のようなものとイメージされているである。

こういうイブヌ・ル・アラビーの存在論においては、華厳哲学における「四種法界」のほかに、二つに分裂している「理」同士の関係が、「理理無礙」というかたちで浮かび上がって来る。「理理無礙」というのは、二つの「理」が互いに無礙の関係にあるという意味である。無礙とは障害がないことをあらわすから、二つの「理」が、障害がない状態で、互いに融合しあっている事態を意味する。

ここで、イブヌ・ル・アラビーの存在一性論を図式的に表現すると、次のようになる。まず我々の日常意識の世界である「事」から出発して、意識の深層に到達することで「理」の世界があらわれる。その世界は、最も根源的なものとしての究極の存在、それは一神教のイスラームにおいては「神」と同定されることになるが、その神を存在のゼロ・ポイントとして、そこから再び「事」の世界へと戻って来る運動がある。その場合に、究極的な存在である「理その一」は、自己分節していったん「元型」となり、その原型からなる「理その二」が、さらに分節を繰り返して「事」の世界が展開してくる、というようになる。

いづれにしても、華厳哲学が、「理」から「理事無礙」を経て「事事無礙」に至るのに対して、イブヌ・ル・アラビーの存在一性論では、それに「理理無礙」が加わることで、「理」の段階で「理理無礙」の事態があり、それが「理事無礙」を経て「事事無礙」に至るという構造になっているのである。

ともあれここで、「神」の問題が議論の中心に登場してくる。イスラーム神秘主義は、イスラームを前提とした思想であり、そのイスラームが一神教的な宗教である限りは、神が問題とならざるをえないわけである。そこが、神を前提としない華厳哲学とは決定的に違うところだ。華厳に限らず、仏教は一神教的な意味での神というものを想定しない。仏教はだから神なき宗教なのだ。神がいないのであるから、世界が神によって無から創造されたなどとは考えない。世界は、それ自体の自律的な原理によって成立してくる。その原理とは、存在の究極的な根拠のことであるが、その根拠は、存在根拠とのみ表現され、神と言われることがない。もっとも、華厳経には廬舎那仏というものがあり、それが神に相当すると言う人もあるようだが、この廬舎那仏はあくまでも存在根拠の別名であって、人格的な神としてのイメージは有していない。

ところで、この廬舎那仏に関して、井筒はそれが光の象徴であることに着目して、そこにイランの影響を見ている。イスラーム以前のイラン固有の信仰はゾロアスター教であるが、ゾロアスター教というのは、光と闇との対立を根本原理とした宗教である。その光の原理が、インド西部で発生した華厳経にも影響したのではないかと井筒は推論するのだ。面白い着目点だといえよう。

ともあれ、イブヌ・ル・アラビーの存在一性論における神の役割に話を戻そう。イスラームも一神教として、ユダヤ教やキリスト教同様に、世界は神が無から創造したということになっている。これはイスラームとして最低限譲れぬ前提であるから、イブヌ・ル・アラビーといえども否定するわけにはいかない。そこでイブヌ・ル・アラビーは、「理その一」を神と同定するのであるが、ただ単純にそうするわけではない。この創造神としての神には人格的なイメージはない。抽象的な原理が神という名で称されていると言った具合だ。つまり「理」という概念的な原理に、神という名称がつけられているのである。その点では、神を人格神としてではなく、世界を動かす普遍的な原理と考えたスピノザに通じるところがあるが、時代的にはアラビーのほうがはるかに古い人である。

このような神を井筒は、「哲学者の神」であって、「コーラン」の神そのままではないと言っている。つまりアラビーは、ある種の理神論を主張したと言いたいわけであろう。アラビーは三十三歳の若さで、主流派の宗教者たちによってむごい殺され方をしたが、それは彼の理神論的主張が無神論と受け取られたからだ。

以上、華厳哲学とイブヌ・ル・アラビーのイスラーム神秘主義(存在一性論)を同じタームを用いて説明したことには、「華厳と存在一性論とが、ただ並行して展開する二つの哲学体系として、互いに独立に存在するだけではなく、両者を二つのヴァリアントとして包含するような、ある根源的な東洋思想の構造型がそこに伏在していることを、示したかった」と井筒は言うのである。




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