知の快楽 哲学の森に遊ぶ
HOMEブログ本館東京を描く英文学ブレイク詩集仏文学万葉集漢詩プロフィール掲示板


アリストテレスの政治思想:理想の都市国家


アリストテレスの政治思想は「政治学」の中で展開されている。それはアリストテレスが生きてきたギリシャの都市国家での政治的実践を踏まえたもので、プラトンに見られたような極端な傾向に陥らず、当時の政治的常識といったものを反映しているといえるが、他方、アレクサンドロスによってギリシャ世界が併合され、新たな帝国主義的動きが勃興しつつあった世界の動きに対しては殆ど無頓着なものである

アリストテレスが理想とする国家の形は、国民が相互に理解しあい、共同して共通の目的に向かって邁進できるようなものであった。またそれは自給自足のための条件を備え、他国からの侵略に十分立ち向かえる能力をそなえたものであった。したがって国家は、大きすぎてもならず、小さすぎてもならない。面積からすれば、山の頂上から国全体を測量できるほどの大きさであり、人口もまたそれに応じた適正な規模のものであることが理想とされた。

この考え方は要するに、アリストテレス以前におけるギリシャの都市国家のあり方を理想化しているのだとうけとれるのである。

アリストテレスはあのアレクサンドロス大帝の家庭教師として、いくばくかは大帝の気質に通じていたとも思われるのであるが、大帝が夢見た世界帝国のイメージとは全く無縁であったようだ。アリストテレスが「政治学」を書いたときには、アレクサンドロスはすでに死んでいたが、彼の遺産である世界帝国は、ギリシャの伝統的な都市国家を過去のものとしていた。それにもかかわらず、アリストテレスは伝統的な都市国家というものを、理想的な政治のあり方として信奉し続けていたのである。

国家と人民の関係について、アリストテレスはプラトンとは異なった考えをもっていた。プラトンの理想国では、国家があまりにも強調される結果、個人というものにはいささかの自立性も残されず、家族も意味を失う。アリストテレスはそれを、人間の本性に反すると批判するのである。

プラトンのいうように、婦人も子どもも共有ということになれば、息子たちは決して父親たちを尊重するようにはならず、また愛情というものを水臭いものにしてしまうに違いない。人間の社会というものは、なによりも家族の情愛を基礎として、その上に成り立っているのであるから、家族を無意味にするような制度は人倫に反している。これがアリストテレスの基本的な思想であったようだ。

このようにアリストテレスは、家族を基本にして政治のあり方を考えていく。家族の単位である家が集まって村落が形成され、村落が集まって国が形成される。したがって政治学は家族からはじめなければならない。

国家は発生的には、家族より後のものであるが、本性上は家族に優先するものである。なぜなら人間の社会が十分に発達したものが国家であり、国家は全体として部分に優先するからである。だが国家の存在理由はあくまでも、家族や個人が善を実現していく上で、理想的な条件を整えることのうちにある。国家そのものが自己目的ではないのだ。

アリストテレスが国家の統治形態を論ずる部分は、彼の政治思想のハイライトをなすものである。彼は統治形態を、一人による統治、少数者による統治、多数による統治にわけ、それぞれについて、良い統治と悪い統治とを論じている。

まず良い統治には、君主政治、貴族政治、立憲政治の三つの形態がある。それに対して悪い統治には、僭主制、少数政治、民主性の三つがある。それぞれ良い統治が堕落した形態とすることができる。

アリストテレスは本音では、君主政治は貴族政治よりも優れ、貴族政治は立憲政治よりも優れていると考えていたようだ。だがそれは君主や少数者に優れた人物がいるという条件のもとでの話である。実際としては君主は腐敗して僭主となり、貴族は自分の利害を優先するあまり大衆を搾取して、堕落した少数者による政治に陥る。

民主政治の特徴は、貧窮者の手に権力が握られ、彼らが富裕者の利害を無視するところにあるが、同じく悪い政治のなかでは、少数政治や僭主政治よりも悪の度合いが少ない。こうしてアリストテレスは、実際の政治の経験の中から、民主政治を条件付で擁護する姿勢をもとっている。

アリストテレスがもっとも憎んでいたものは僭主政治であったようだ。僭主が君主と異なるところは、一言で言えば、君主が名誉を欲するのに対して、僭主は冨を求める点だ。君主は国民全体を衛兵とし外国に立ち向かうが、僭主は傭兵を蓄えて自分の利害のために武力を行使する。その対象は国民であったりもするのだ。また僭主はその大多数が煽動政治家であって、国民の支持を得て君主となりながら、一旦君主となるや、国民の利害を無視するものだ。

権力の交代を、アリストテレスは革命という概念で論じている。革命は僭主政治を対象にしてもっとも起こりやすく、民主政治においては起こりにくい。民主政治が腐敗して衆愚政治に陥ったとき、扇動者が現れて僭主となる場合があるが、それも長くは続かないというのが歴史の教えるところである。

このようにアリストテレスの政治を論じる視点は、一方ではギリシャの都市国家の歴史を踏まえ、他方では優れた政治家の資質をにらんで理想的統治をも論じるものとなっている。彼がプラトンと異なる点は、現実を理想に従属させなかったところである。

アルストテレスの統治形態論は、その後のヨーロッパ人の政治思想にとって、知的枠組みの一つとして大いな影響を持ち続けたのである




前へHOMEアリストテレス次へ








作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2008
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである