知の快楽 哲学の森に遊ぶ
HOMEブログ本館東京を描く英文学ブレイク詩集仏文学万葉集漢詩プロフィール掲示板


リチャード・クーのインフレターゲット批判


日本の異常なデフレを解消する策としてインフレターゲットを持ち出したのはノーベル賞経済学者のクルーグマン教授だった。日本人の学者の中では浜田宏一氏らリフレ派と称される人たちが唱えている。彼らは、経済全体がデフレで苦しんでいるのであれば、その反対であるインフレを人工的に起こすことで、経済を上向きにすることができると考えたわけである。

この考えは一見して筋が通っているように見える。インフレという迎え火の威力を借りて、目前のデフレを緩和する、要するに中和と言うことだから、理屈にあっているように見えるわけだ。しかしよくよく考えてみるとどうもおかしい。そもそもインフレターゲットとは、インフレを緩和させるために考えられたことであって、デフレを解消するためのものではない、ということは別としても、どこか無理な主張がある。筆者などはそう考えたものだった。

しかし、インフレターゲットのどこが、どうおかしいのかについては、いまひとつ明確にはできなかった。そこを明確にしてくれたのは、リチャード・クー氏である。氏は、インフレターゲットが有効なデフレ対策にはならないということを理路整然と説明してくれたのであった。(デフレとバランスシート不況の経済学)

日本が陥っているデフレは、バランスシート不況によって企業も個人も過剰債務を負い、消費や投資を抑えて借金返済に走っていることの結果おこっていることだ。誰も金の借り手がないから、お金はありあまることとなり、史上空前の低金利状態が生じている。そのような状況下では、いくら金融緩和を行ったところで、デフレが弱まることにはつながらない。というのも、デフレは不況の原因なのではなく、不況の結果だからである。

実際に、日銀は1999年から量的緩和策を打ち出して巨額の資金を提供したが、実体経済も金融市場も全く反応しなかった。当時の日本には資金需要が欠けていたことの結果である。そのためクルーグマン教授も、日本には資金需要がないため、通常の金融緩和では効果は表れないだろうと認めざるをえなかった。

インフレターゲットが成り立つためには、企業や個人が低金利の資金に飛びつくような状況が必要である。低金利の資金を皆が群がって求めれば自然金利は上がり、したがってインフレ傾向が生まれる。そのことが経済を活性化させ、ひいてはデフレや不況からの脱却につながるわけである。

しかしそうはならないのは、どんなに低金利の資金があるからといって、企業はそれを借りて投資をするよりも、目前のバランスシートを回復させるために、借金の返済を優先させるからである。そしてそのような行動は、企業経営者としては責任のある行動なのである。問題は、すべての経営者が一様に借金返済に走る結果、合成の誤謬が働いて、経済全体の不況が深刻化することにある。

それでもなお、インフレターゲットにこだわるのは、次のようなことを云うのと同じだと氏は言う。「これからはインフレになります。だから皆さんはバランスシートのことなど忘れて、お金を借りて使ってください。債務超過や過去の失敗など関係ありません。インフレになれば、借りた人の勝ちですよ」(105ページ)

こういう主張は非常に無責任だと氏は言う。なぜなら「まだインフレにもなっていないのに、インフレになるよと言う前提でバランスシートのことなど忘れてインフレにかけなさいというのは、非常に無責任な行動をとるように促しているのも同然である。人々が無責任な行動をとるという前提のもとに政策全体を組み立てるというのは、現実的ではない」(106ページ)

氏はこういったうえで、バランスシート不況のもとで真にマネーサプライを左右するのは金融政策ではなくて財政政策だと、改めて主張する。そのような時には、市場には資金需要がないのであるから、日銀によって追加されたマネーは市場に出回らず銀行に死蔵されるばかりである。それを回すためには資金の需要があることが前提だ。その需要を民間部門に期待できないのであれば、政府が替って作ってやらねばならない。すなわち財政出動の出番なのである。

氏のいうことは非常に理屈が通っていて、しかもわかりやすい。




HOME経済を読む次へ






作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2014
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである