知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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プラトンのイデア論:観念論の創設


プラトンが良きにつけ悪しきにつけ西洋哲学にもたらした最大の寄与は、イデアの解明とそれにもとづく観念論的世界観を確立したことだろう。プラトン以降の西洋の哲学的伝統は、個別と普遍、現象と実体、存在と知識、世界の認識論的解明といった諸問題についてかかわり続けてきたが、それらの諸問題はすべて、プラトンによってはじめて体系的な形で提出されたのである。

プラトンのイデア論は、「テアイテトス」における概念的な知の探求に始まり、「ソフィステース」、「パルメニデス」におけるイデアの根本規定にかんする解明の努力をへて、「国家論」における宗教的な議論に至る流れの中で展開された。イデアにかかわる思索は、プラトンの生涯のテーマであったといえる。

プラトンが最初にイデア的なものの存在を確信するようになったのは、師ソクラテスの影響によるものだった。ソクラテスは個々具体的な事象から出発して、弁証術を駆使しながらそれらの事象を次第に抽象してゆくことによって、個々の現象を貫いて普遍的に妥当する概念的な知というものがあることを力説していた。

ソクラテス自体は、この概念的な知は客観的なものではあるが、しかし独立して存在するようなものとまでは考えずに、むしろ人間の知の中に、あるいは人間の知の対象としてあると考えていたようだ。ソクラテスが概念的な知の指し示すものを存在者であるというとき、それはあくまでも人間の知との相互作用の中でのみ存在すると、言明しているようなのである。

プラトンがソクラテスと異なるところは、この概念的な知が客観的のみならずそれ自体が実体をもった存在者だと主張したところである。哲学上の常識として、観念に実体性を付与する立場を観念論と呼ぶが、プラトンはそれを最初に主張した哲学者なのである。

プラトンのこの飛躍には、パルメニデスの影響がある。パルメニデスは一方では「ある」ものとしての存在、他方では「あらぬ」ものとしての仮象を立て、両者を厳しく峻別する二元論的な説を唱えた。パルメニデスは「一元論」の主張者として知られているので、こういうと逆説的に響くかもしれない。たしかにパルメニデスは、存在者については、それは一で分割不能だと主張しはしたが、この一としての存在と仮象とされるものがどういう関係にあるのかについては、何もいわなかった。彼の著作「自然について」は、第一部で存在者を、第二部で現象の世界を扱っているが、この両者はどこまでも交わるところがないのである。

プラトンはヘラクレイトスの説を通して、感覚的なものは永遠に流動するものだと考えるに至った。流動し転変するものに恒常的な知は成り立ち得ないから、感覚の世界を超えた恒常的な世界がなければならない。だが、その恒常的な世界は、パルメニデスの言うように感覚的世界と無関係なものとはみなされえない。恒常的なもの、すなわちイデアは、感覚的なものを超えつつも、それの原因となるようなものでなければならない。

こうしてプラトンは、概念的な知の対象としてのイデアを実在であるとするに至り、しかもそのイデアが何らかの過程を通して現象界とかかわっている、こう考えるようになった。したがってそこから先の課題は、この両者の関係がどのようなものであるのか、それを明らかにすることであった。だがプラトンがこの課題の解決に十分成功したかどうか、そこのところは心もとない。

プラトンは「ソフィステース」の中で、仮象すなわちエレア派のいう非有にも実在性はあると主張し、有と非有との関連について探求しようとした。その中では、有とされた一般的概念について、概念相互の関係、すなわち上位、下位、同位といったカテゴリー間の区分に関する論述は盛んになされるが、肝腎の有と非有がどのような関係にあるのかについては、踏み込んだ議論がなされていない。

「パルメニデス」の中では、エレア派がいう一は多なしにそれだけでは考えられず、また多も一なしでは考えられない、したがって両者は必然的に前提しあっており制約しあっていると述べる。つまりこういうことによって、存在たるイデアと仮象たる感覚界との間に糸筋をつけようとしたのだと思われる。

ここでプラトンがいうイデアとはどのようなものであったか、考え直してみる必要がある。パルメニデスにとってイデアとは分割不可能な一であり、その中に宇宙全体を丸々包み込む壮大なイメージをもっていた。それは分割不能なものであるところから、個々の多様な現象とはなんらかかわりを持ち得なかった。これにたいして、プラトンのイデアは一つのみではなく、多数のイデアが成り立ちうる。そしてその多数のイデアはカテゴリー上の系列をなして、界のものから次第に上位のものへ、最後には至上のイデアとしての善とか神といったものにつながっている。

プラトンのこの立場は明らかに、現象から出発して概念的な知を導き出すというソクラテスの方法を踏まえている。現象界に多様なものがあるのに対応して、イデアにも多様さがある。イデアとはもともと個別を貫通する普遍的なものをいっていたのである。それは現象の多様のうちにある統一であり、多との関連における一である。

イデアを現象を説明するための操作概念として用いたのであったなら、プラトンの説明はそれなりに首尾一貫したものだったろう。だがプラトンはイデアに実在性を付与した。それは単にわれわれ人間の知的営みの随伴者として現れるのみにとどまらない。それ自体が、永遠の実体性を供えた存在者なのである。

プラトンは「国家論」の中で、イデアと現象界との関係を、有名な「洞窟の比喩」を用いて説明している。洞窟の中の囚人たちは縛られて身動きできず一つの方向しか見ることができない。彼らの背中には火があり、彼らの前には壁がある。その火の光が彼らに降り注ぎ壁の上に作り出す影を、彼らは実在だと思っている。真実をいえば、実在は火であり、彼らが実在だと勘違いしたものは火が作り出した影、つまり仮象なのだ。これがこの比喩の言わんとするところである。

この比喩は多くを語っているようで、実は何も語ってはいないように思われる。プラトンはこの比喩を通じて、イデアが原型であり、事物はその模象、映像なのだという。しかして事物のイデアへのかかわりは分有なのだというが、そういわれて両者の関係がすっきりするものでもない。

アリストテレスはこのような表現を単なる「詩的比喩」として退けたが、蓋し当然の反応だったというべきだろう。

しかし実在と仮象という対立は、その後の哲学の枠組みを大きく制約してきた。プラトンのイデア論の影響はそれほど大きかったのである。

今では、知的対象としての理念的なものに実在性を付与する味方はナンセンスなものと見られている。実在性云々が有意味なものとなるのは、それが人間の知的営みにおいて、操作概念として機能するときに限られる。



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