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落日贅言 |
小生儀、令和五年七月十五日を以て満七十五歳とはなれり。これを世上にては後期高齢者と呼ぶ由。後期高齢者とは、いかにも人を馬鹿にした呼び方なり。されど小生は、かかる呼び方にめげるものにはあらず。といふか、老いの自覚をもたざるなり。まだまだ心身共に生気溌剌といひつべし。その生気を以て世の中に貢献せんとて、いささか世情を憂ふる文を披露せんとす。名付けて落日贅言となす。いはれ等につきては、本文冒頭「落日贅言の辯」に書き記せり。一読を乞ふ。 落日贅言の辯 ウクライナ戦争は世界をどう変えるか:落日贅言 盂蘭盆会に思うこと:落日贅言 哲学の歴史は終わったか:落日贅言 歴史と人間の終わり:落日贅言 死を考える:落日贅言 生きる喜びとは何か:落日贅言 人と人との間:落日贅言 ガザの大虐殺に思う:落日贅言 横手先生の思い出:落日贅言 私の三冊の本:落日贅言 令和五年(2023)を振り返って 落日贅言 アルチュール・ランボーとわが青春 落日贅言 民主主義とリベラリズム 落日贅言 跋扈する植民地主義の妖怪 落日贅言 公安警察の暴走 落日贅言 もう一つのわが青春 落日贅言 コミュニズムについてのマルクスのイメージ 落日贅言 深川清掃事務所の思い出 落日贅言 深川清掃事務所の思い出その二 落日贅言 ハンナ・アーレントとユダヤ主義の精神 落日贅言 シオニズムの反倫理と資本主義の精神 落日贅言 墨田区役所の思い出 落日贅言 ショーブンさんの思い出 落日贅言 国連の存在意義を考える 落日贅言 死の迎え方について 落日贅言 瑞江葬儀所の思い出 落日贅言 東京体育館の思い出 落日贅言 死刑を考える 落日贅言 学校健康担当の思い出 落日贅言 日本のレイプ容認文化 落日贅言 国土利用計画法の思い出 落日贅言 |
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