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ドイツ古典哲学の本質:ハイネのドイツ思想史


ハイネはベルリン大学でヘーゲルに哲学を学んだ。ヘーゲルは絶体精神が自己を実現していく過程として社会や思想の歴史をとらえていたので、勢い進歩史観に立っていたと言える。その進歩史観をハイネは受け継いだ。ハイネはそうした進歩の典型的なケースとして革命をとらえ、人間社会は革命をかさねることで、未来に向かって前進していくと考えた。ハイネのドイツ思想史は、そうした立場から書かれたものである。

「ドイツ古典哲学の本質」はドイツ語原題を「ドイツの宗教と哲学の歴史」といい、1834年ハイネ37歳の時に発表された。原題にあるとおり、ルターからヘーゲルにいたるまでのドイツの宗教と哲学の歴史を俯瞰したものである。ハイネはルターによる宗教改革を第一の革命と呼び、カントに始まるドイツ哲学を第二の革命と呼ぶ。第一の革命は宗教を人間化し、第二の革命は人間化された宗教そもものの息の音を止めた、というふうにハイネは捉えている。そのうえでハイネは、第三の革命は、宗教や思想の世界ではなく、現実の世界を変えるはずだと言っている。ドイツ人はフランス人とは違って、実行しながら考えるのではなく、徹底的に考えたうえでなければ実行しない。いまや、二つの思想革命を経て、考えることは十分になされた、あとは実行あるのみと言うのである。

ともあれこの書物がカバーしているのは、第一の宗教革命と第二の哲学革命である。三巻からなり、第一巻は「宗教改革とマルチン・ルター」と題してドイツの宗教改革の意義と特徴についてのべ、第三巻は「哲学革命」と題してカント、フィヒテ、シェリングによる哲学革命の意義について述べている。その間に第二巻「ドイツ革命の先駆者」と題するものが挟まれる。これはスピノザとレッシングを論じたものである。

まず、第一巻から取り上げよう。ここでは、マルチン・ルターによる宗教改革の意義が論じられる。ルターの宗教改革はカトリックとの戦いという形をとったので、カトリックとは何かということが問題になる。ハイネはカトリックの本質的な特徴を、すべての人間的な事柄を善と悪の二元論で説明することにあると考えた。善はキリストの原理であり、悪は悪魔の原理である。その場合、悪が代表しているのはキリスト教以前のヨーロッパの土着信仰だった。ヨーロッパでも南北では多少異なり、南が感覚を重視するのに対して、ドイツなど北は思弁的だ。その思弁的な傾向がドイツ固有の陰鬱な民間信仰としていつまでも残り続けた。ルターの宗教改革は、そうしたドイツ固有の土着信仰に一定の価値を認めた。「ルターはカトリックの奇跡は信じていないが、やはりまだ妖精の存在は信じている」(岩波文庫版、伊東勉訳)とハイネは言っているが、これはルターのドイツ土着信仰への理解を示すものである。

そのルターが、宗教的な面で画期的だったのは、宗教を超越神への帰依としてとらえたことだという。カトリックは、神と人間との間に教会を介在させることで、神は人間にとって疎遠なものであるという性質を持つようになった。ルターは、人間を直接神に向い合せた。そのことで神は人間にとって身近なものになったが、同時に超越的な存在ともなった。超越とは、人間世界を超越したことろから人間を導くというような意味である。その導きの糸となるなるのが聖書だとルターは考えた。ルターは聖書以外の一切の権威を認めず、聖書を介して神と直接向き合うことを求めた。

そのルターの業績は、宗教以外にもさまざまある。ドイツ語の標準的な形を作ったのはルターである。ルター以前、ドイツには共通の言葉がなかった。ルターは聖書をドイツ語の一方言で翻訳したのだが、その言葉が以後ドイツ語の標準となった。だからルターはドイツ語を作ったといってもよいとハイネは言っている。

ルターはまた、思想の自由を確立した。ルターは、「諸君は聖書そのものにより、あるいは道理にかなった理由によって余の説に反対すべきである」と言った。ハイネはこの言葉を説明して、「人間の理性に聖書を説明する権利がみとめられるようになり、その理性が宗教上のすべての論争の最高の審判者とみとめられるようになった。こうしてドイツにはいわゆる精神の自由が確立した。この自由はまた思想の自由ともよばれている」と言っている。

こんな具合にハイネはルターを非常に高く評価している。面白いのは、その評価がルターを普遍的な人間の代表者としてではなく、ドイツ人の代表者であることに根ざしていると考えていることだ。ハイネはフランス人に向かってルターの偉大さを次のように表現しているのだ。「ルターはわがドイツの歴史上もっとも偉大であるだけではなく、もっともドイツ的な人物であったということ。ルターの性格にはわれわれドイツ人のすべての長所と短所とがきわめて大袈裟に統一されていたということ。そしてルターが身をもって、あの不思議なドイツをあらわしていたということ」

この書物はドイツ語で書かれているが、にもかかわらず、フランス人に呼びかける形をとっている。その呼びかけは、ドイツのユダヤ人であるハイネがフランスの同胞たちに向けてなされたものとの印象も与えるが、肝心なところでは、ハイネがドイツ人全体を代表してフランス人に呼びかけるという体裁をとっているのである。

以上、ルターによる宗教の革命を踏まえて、カント以後の哲学革命がおこるのであるが、その前駆的な動きとして、スピノザとレッシングが取り上げられる。

ハイネはスピノザを、汎神論者として位置づけている。汎神論も宗教の一形態と思われがちだが、西欧文化においては、無神論と同じ扱いを受ける。じっさいスピノザは、無神論者として告発されたのである。キリスト教徒にとって宗教とは唯一神への信仰であるから、神がどこにも宿っているとするスピノザの思想は、唯一神の否定であり、したがって無神論以外のなにものでもないのである。そんなスピノザを、ハイネは高く評価する。ハイネ自身は、自分はルター派の新教徒だと言っており、したがって唯一神を信じていると言っているわけであるが、それは心情のうえのことであって、精神の領域では、汎神論すなわち無神論を認めていたわけである。ハイネによればゲーテの偉大さも、かれがスピノザと同じく汎神論者であるかぎりでのことである。

レッシングについては、ルターと並び立つ偉人であるというばかりで、その思想的特徴について言及することはない。ただ次のように言うのみである。「とにかくルター以後のドイツはゴットホルト・エフライム・レッシングほど偉大なりっぱな人物をうみださなかった。ルターとレッシングとはわれわれドイツ人のほこりでありよろこびである。現代のような陰気な時代にわれわれがこの二人の立像を見上げて、なぐさめを求めると、この立像はうなずいて、すばらしい約束をしてくれる」


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