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ベンヤミンのシュルレアリズム論


ベンヤミンは、同時代の芸術運動に深い関心をもっていた。なかでも彼が大きな関心を注いだのは、未来派とシュルレアリズムだった。だがその関心のベクトルは正反対を向いていた。前者はいわばマイナスの方向を、後者はプラスの方向を。ベンヤミンにとって芸術とは、社会の変革と大いにかかわりを持つはずのものとして意識されていたのだが、前者は芸術のための芸術を標榜することによって、大衆から社会変革のエネルギーを抜き取る効果を発揮していた。それにたいして後者は、芸術を通じて社会の変革を目指そうとしていた。そのようにベンヤミンは、受け取ったのだった。

未来派がファシズムと結びついていたことはよく知られている。未来派の領袖ともいうべきマリネッティは公然とムッソリーニの対外侵略を支持し、戦争を礼賛した。ベンヤミンは、「複製技術の時代における芸術作品」のなかでマリネッティをとりあげ、戦争礼賛と芸術のための芸術とは強く結びついているとして、次のように書いている。

「"芸術よ生まれよ、世界は亡ぶとも"とファシズムはいい、マリネッティが信条とするような技術によって変えられた知覚を、戦争によって芸術的に満足させるつもりでいる。これは明らかに、芸術のための芸術の完成である」(「複製技術の時代における芸術作品」野村修篇訳)

これに対してシュルレアリズムは、芸術のための芸術とは距離を置く。それはたしかに芸術ではあるが、たんなる芸術であることに満足しない。文学でありながら、文学を超えることを目指す運動、それがシュルレアリズムであるとベンヤミンはまず概括する。

「この運動をたんに『芸術』や『詩』の運動と思うようなことがあったら、申し訳ないというほかはない・・・文学の領域は内部から爆破されたのだ」(「シュルレアリズム」野村修篇訳、以下同じ)

シュルレアリストの代表者としてベンヤミンがあげているのは、アンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴン、フィリップ・スーポー、ロベール・デスノス、ポール・エリュアールである。ブルトン、アラゴン、エリュアールはコミュニストであり、デスノスは後にレジスタンス運動に身を投じて死んだ。いずれも筋金入りの左翼である。そうした人々に対して、ベンヤミンは気質的にも親縁性を感じたのだろう。

ベンヤミンがとりあえず考察の対象とするのは、アンドレ・ブルトンである。ブルトンの小説「ナジャ」を取り上げながら、この小説が大衆に革命的な霊感を吹き込んでいるとして高く評価している。

「ナジャはこのような大衆を、そしてその大衆に革命的な霊感を吹き込むものを、代表するひとりにほかならない」(同上)

つまりベンヤミンは、文学と政治との連続性を主張しているということになる。政治を全く意識しない、いわゆる芸術のための芸術は、大衆の政治意識を意図的に眠らせるものだといってよい。そうベンヤミンは断言するのである。

「芸術のための芸術はほとんどいつでも、文字通りに受け取られるべきものではなくて、名前がまだないので明言できない何かを載せた船の、旗印だったのだ」(同上)

政治を深く意識した文学は、シュルレアリズムが最初ではない。たとえばアルチュール・ランボー。ランボーがパリ・コミューンに深くかかわったことは、よく知られている。だが、彼が政治的な詩人だったということは、ベンヤミンの時代にはあまり知られておらず、むしろクローデルなどによって、カトリシズムの聖者に祭り上げられる有様だったが、そのランボーの革命的な側面について、ベンヤミンは早くから気づいていたのである。

たしかに、ランボーは政治をストレートには語らない。非常に逆説的な言い方をする。時には悪魔的な雰囲気さえ感じさせる。というよりランボー自身が悪魔であるかのように錯覚させるほどだ。しかし、そんな悪魔ぶりも、大衆の眠っている意識を目覚めさせ、革命に立ち上がらせる効果を持つ限りで、社会を変革する力を持ちうる。

「悪の崇拝は、いかにもロマンチックだとはいえ、モラリストぶった好事家趣味の一切に対して、政治的な消毒装置・絶縁装置になるのだ」(同上)

こうして、シュルレアリズムについてベンヤミンは、次のような総括をするのである。

「陶酔の力を革命のために獲得すること、このことを、シュルレアリズムのすべての本や企ては、めぐっている」(同上)

以上は、シュルレアリズムの政治的な側面についてのベンヤミンの考察の概観である。この考察の中で、ベンヤミンは明示的には語っていないが、シュルレアリズムの方法と自分のそれとの間に深いつながりがあることも感じていたと思われる。

それは、さまざまな断片を拾い集め、それらを自由に組み合わせることで、そこから全く新しい形を引き出すという方法だ。これをベンヤミンは、モンタージュと名づけていた。シュルレアリストはそういう言い方はしていないが、レアルな現実の断片を組み合わせることで、シュルレアルな形象を生み出すというような言い方はしている。彼らにとって、創造とは、全くの無から有を生み出すのではなく、有の断片の組み合わせから、思いがけないような、新しい有を生み出すことを意味した。

それが、ベンヤミンのモンタージュとよく似ているとは、十分言いうるのではないか。ベンヤミンもまた、さまざまな引用文を集めて来ては、それらを原文の文脈から離れて自由に組み合わせることで、思いもよらなかった新しいテクストが生まれてくるのを楽しんでいた。彼は、引用文だけからなる作品を書くのが夢だったとされるが、そうした作品は、断片の組み合わせが創造をもたらすということの象徴と思えたからだろう。




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