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内田樹・白井聡「日本戦後史論」その3


安倍政権になってから、日本の対米従属体質がいっそうあからさまになった、と思っている者は筆者のみではあるまい。その象徴的な事例が沖縄だ。安倍政権は、日本人である沖縄の人々の訴えを無視するような形で、米軍の辺野古移転を強行しようとしている。日本人の幸福と安寧よりもアメリカの都合が優先する、そういう姿勢が極端に現れている。これでは、日本がアメリカの属国であるということを自ら主張しているようなものだ。

安倍政権が、このような露骨な対米従属体質を隠そうとしないのは、アメリカが日本の安全を守ってくれると信じているから、ということになっているようだ。実際、安倍晋三総理自らが、アメリカの若者に日本を守ってもらう、というようなことを言っているわけだから、もしかして本気でそう思っているのかもしれない。

ともあれ、安倍政権が、対米従属を合理化する理屈は、アメリカが日本の敵に対する抑止力になっており、いざとなったら日本を助けてくれる、ということだ。だから、沖縄の連中と雖も、アメリカのため日本のため犠牲になるのは当たり前のことだ、というような態度を自然ととるようになるのだろう。

安倍晋三総理は、オバマ大統領自身の口から、尖閣で紛争が起こったらアメリカは日本の肩を持つという発言を引き出したことを自分の手柄のように思って、あるいはそう思うからこそ、尖閣はじめ対中有事の際にはアメリカの軍事的協力を得られるものと思い込んでいるようだ。

しかし、そんなに単純なものではなかろう。アメリカが、どんな場合においても無条件に日本の肩を持ち、たとえば尖閣を巡って日中間で軍事衝突が起こった場合、日本の側に立って中国と戦ってくれるだろうと思い込むのは、ナイーブ過ぎるというものだ。

そこで、たとえば尖閣有事の際にアメリカが傍観して、日本の側に立って参戦してくれないような場合、どんなことが起こると予想されるだろうか。

内田樹と白井聡の対談「日本戦後史論」のなかで、そのケースについて触れられている。日本が今まで対米従属に甘んじて来たのは、政治家たちのプラグマティックは判断に基づくもので、国民全体が、心からそう思ってのことではない。国民の中には対米自立の動きも当然あるわけだ。しかし、いままで対米自立が問題にならず、ひたすら対米従属でやってきたのは、安倍総理も取りつかれているらしい対米信頼の感情があればこそのことだ。

だが、いざという時に、アメリカは何もしてくれなかった、ということになれば、その信頼は一瞬にして崩れる。信頼が崩れるだけではない、アメリカに対する不満が憎悪にまで高まって、一気に対米自立論が日本中を席巻するだろう。

そうなったら、日本人は、誰にも制御できないほど感情的になるだろう。当面の敵中国が憎むべきなのは言うまでもないこととして、アメリカは、場合によってはそれ以上に、日本人の憎しみの対象になるだろう。こうなったら、日本には頼るべきいかなる同盟国もない。日本は単独で、中国やアメリカと対決しなければならない。この両国だけではない、場合によっては世界中を相手に孤軍奮闘するつもりでもある。こうしたわけで、日本人の好戦的な情念は収まるところがないだろう。

こうした、日本人の感情変化のメカニズムを、内田は次のように書いている。

「日本人が『アメリカ離れ』をする時は乖離していた『従属人格』と『自立人格』が爆発的に統合された、非論理的で情念的などろどろしたものに化身するしかないと僕は思っているのです。尖閣を契機として、日米安保条約が空文だったことが日本国民に周知される時が怖いというのは、そのことなんです」

内田はこう言って、「アメリカとしては何があっても日本と中国との間で軍事的緊張を生じさせない。これに失敗すると、日本人の70年にわたるアメリカに対する屈辱感と怨恨が噴き出す」と続けているが、アメリカが心配しているようなことが、起らないとは誰にも言えない。特に今の安倍政権の体質からして、対中軍事衝突の可能性は、絶対に否定できるとは誰にも言えないだろう。

不幸にしてそういうような具合になったら(中国との軍事的敵対関係が先鋭化し、アメリカとの同盟関係も崩壊したような具合になったら)、どうなるか。

日本は国際的に孤立して、誰にも相手にしてもらえないだろう。だが、そうなっても、日本の国が立ち行かなくなるというわけでもない。世界中から孤立しながら生きながらえている国はある。たとえば北朝鮮だ。北朝鮮は世界中から孤立しながらも、それなりに意気軒昂である。しかも、核開発を背景に、脅しをかけたりもする。変に手ダシすると、火傷することになるぞという北朝鮮の脅しが、ある程度利いていると思われないこともない。

日本は北朝鮮より、国力がある。だから、北朝鮮と同じように核武装して、世界中に因縁をつければ、手出ししようと考える国は、なかなかあらわれないかもしれない。そうなれば、日本もそこそこ存立して行ける。なにしろ長い歴史の中では、世界から孤立していた時期の方が長いのであるから、日本は孤立には馴れているのだ。

そんな日本を世界は、新たな北朝鮮型暴走国家と規定するようになるだろう、とこの対談は言いたいようなのである。




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