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佐野唯行「アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか」


イスラエルが中東で圧倒的な存在を誇っている背景にアメリカの影があることは周知のことだ。仮にアメリカがイスラエルの保護者として振る舞って来なかったら、イスラエルは今日まで存続していたかわからない。それが、周辺諸国との軍事的・政治的緊張を潜りぬけ、未だに非対称的な優位を保っていられるのは、アメリカのおかげだ。しかしそれにしてもアメリカは、なぜかくもイスラエルの保護者としての役割を果たして来たのか。言い換えれば、アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか。その理由の一端を、この本は明らかにしてくれる。

著者の佐野唯行はユダヤ人問題の専門家のようだから、イスラエルの事情は勿論、アメリカにおけるユダヤ人の動向についても詳しいようだ。そんな視点から、アメリカ国内のユダヤ人コミュニティが、アメリカの政治に大きな影響を及ぼしてきた歴史に焦点をあてている。これを読めば、アメリカ政治がいかにユダヤ人社会の意向に左右されてきたか、その流れがよくわかる。

アメリカがイスラエル贔屓なのは、別にアメリカの政治家たちがイスラエルを愛しているからではなく、アメリカ国内のユダヤ人たちの金の力によるのだ、というのが著者の結論的な意見である。ユダヤ人たちは、金融をはじめとしたアメリカのさまざまな経済分野で成功したおかげで巨額の金を動かすことができる。彼らはその金を潤沢に使ってアメリカの政治を動かしている。そんな彼らの最大の目的が、同胞たちが住む国イスラエルの安全であることはいうまでもない。イスラエルは、アメリカの同胞たちの金の力に支えられて、周辺のアラブ諸国に対して非対称的な優越を誇ることができるのだ、というわけである。

ユダヤ人の金の使い方には二つのやり方がある。一つは自分たちのために働いてくれる政治家に巨額の献金をすることだ。アメリカの政治は金次第といわれるほど、金の力が物を言う。政治資金を集める能力のない者は、政治家として成功することはできないのだ。そんな政治家たちにとって、ユダヤマネーは魅力的だ。何しろアメリカにおける政治資金のうちの非常に大きな部分がユダヤマネーに支えられている。ユダヤマネーを制した者には、政治家としての成功が約束されたも同然なのだ。

もう一つは、反ユダヤ的な政治家を落選させるというやり方だ。これには、親ユダヤ的な候補者を対抗馬として擁立したり、巨額な資金を使って大々的なネガティブキャンペーンを仕掛けるというやり方もある。この標的になって落選した議員は多い。議員だけではない。場合によっては大統領でさえも、ユダヤ人に睨まれたおかげで椅子を失ったケースがある。ブッシュ{父}やカーターがそうだ。彼らは、ユダヤ人に睨まれたおかげでネガティブキャンペーンを仕掛けられ、それが大きな要因となって再選を果たすことができなかった。このように、ユダヤ人の動向は大統領の椅子さえも左右する。というわけで、ユダヤ人に睨まれるのは、自分の政治生命にかかわる、とするような風潮が政治家たちの間に高まってもおかしくはない。

ユダヤ人の投票行動は、金ほど大きなインパクトは持たないが、それでも決定的な影響を及ぼすことはある。ユダヤ人の人口は全米人口の2パーセント程度に過ぎないが、彼らの投票数は全投票数の4パーセントに上る。それに加えて、オハイオとかフロリダといった州はユダヤ人の人口が多く、そこではユダヤ人の動向が直接選挙を左右する場合もある。フロリダなどは、大統領選の行方を左右するほどの重要性を持っているといわれるので、そこでのユダヤ人票の動向は決定的な意義を持つこともある。

こういうわけで、アメリカがイスラエルを偏愛するわけは、アメリカの政治家たちがアメリカ国内のユダヤ人たちに、さまざまなレベルで牛耳られていることの結果だ、というのが著者の主張の眼目である。

次に、アメリカの二大政党とユダヤ人の関係について、著者は言及している。ユダヤ人は、大恐慌まではアメリカの政治にまるで影響力を持たなかった。彼らはどちらかというと、政治的に軽視されてきたのである。それが政治にかかわるようになったのは、ルーズヴェルトの時代からだ。ルーズヴェルトのリベラルな政策はリベラルなユダヤ人の気にいったし、ルーズヴェルトのほうも、ユダヤマネーが魅力的だった。こうして、ユダヤ人社会と民主党との長い蜜月が始まったのである。

ユダヤ人が共和党に協力するようになるのはニクソンの時代からだ。ニクソン自身はユダヤ人嫌いだったが、ユダヤマネーのためにはそんなことは言ってられないというので、ユダヤ人を取り込んだ。ついでレーガンもユダヤ人を重用したが、それはハリウッド育ちのレーガンにとって、ユダヤ人が親しく映ったからだ。ハリウッドと言うのは、昔からユダヤ人が仕切っていた社会だからだ、というわけである。

こんなふうに共和党にぶれることはあっても、ユダヤ人にとっては、民主党との連携が基本となる。しかし、オバマのように、イスラエルに対して突き放した態度をとる大統領には、ユダヤ人社会は敏感に反応する。その隙をついて、共和党がユダヤ人の取り込みを画策する、というのが近年の傾向になっている、ということのようだ。

こんなわけで、この本は、アメリカ政治におけるユダヤ人の影響力の大きさと、それが形としてはアメリカのイスラエルへの偏愛となって現れているというメカニズムを、非常にわかりやすく説明してくれる。




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