知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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プロタゴラスとソフィストたち


プロタゴラスやゴルギアスを始めソフィストと呼ばれる人々は、プラトンが多くの対話編の中で取り上げ、良きにつけ悪しきにつけその説に言及しているから、今日哲学を学ぶものにとっては、哲学史の一ページを埋めるための、なくてはならない人びとのように受け取られている。

だが彼らを哲学するもの、つまりアリストテレスのいう知を愛するものと表現するにはいささかの困難があるようだ。彼らは哲学者というよりは、実際的な理由から言論を操った人々なのであり。今日の感覚をもってすれば弁護士のような人々だったのである。事実彼ら自身、自分たちがイオニアやイタリアの哲学者たちと同じようなことに従事しているとは思っていなかった。彼らは報酬を貰う代わりに、弁論の術を教えていたのだし、自分たちはそのようなものであると割り切ってもいたのである。

ソフィストたちの出現にはそれなりの歴史的背景がある。それは紀元前5世紀の後半に出現したアテナイの民主政治に根を有している。

アテナイはギリシャ諸都市の中にあっても、初めから格別に優越した都市であったわけではなく、文化的には長い間イオニア諸都市の後塵を拝していた。それがペルシャ戦役での勝利を契機に、ギリシャの中心として勃興してきた。アテナイが躍進する原動力となったのは、民主政治である。アテナイではどんな公職でも、くじ引きによって選ばれた者がそれを担当した。くじ引きには貴賎の区別なく誰でも参加できたのである。女と奴隷は市民の範疇から外されていたが、市民であれば誰もが平等の権利を行使する。これがアテナイの民主政治の原理であった。

ペリクレスの活躍した紀元前5世紀の末近くには、アテナイの国力は全盛を迎え、地中海の覇者として、政治的、経済的、文化的な優位を示すに至った。

そんなアテナイ社会にあって、市民が己の言い分を通す手段は、生まれでもなく、財産でもなく、弁論によって他者を説得する技術であった。当時の裁判では弁護士のような専門家はおらず、原告、被告いづれの立場の者も、自分自ら法廷に赴いて自己の意見を主張した。裁く者も専門家ではなく、くじ引きで選ばれた者だったから、彼らをいかに説得できるかが勝敗を決めた。

こんな社会で弁論術への需要が高まったのは、勢いの必然に赴くところいうべきだろう。それは民主主義を標榜する今日のアメリカ社会において、弁護士業が大いに栄えているのと同じようなことなのかもしれない。

ソフィストとして名高い者には、プロタゴラス、ゴルギアス、プロディコス、ヒッピアスといった人びとの名が上げられるが、彼らはみな報酬を得て弁論の技術を教授していた人々である。これらの人々が若し今日の社会に生まれたら、迷うことなく弁護士となっていただろう。

ディオゲネス・ラエルティオスがプロタゴラスについて面白いエピソードを紹介している。彼は弟子のエウアトロスが裁判で勝てるように弁論術を教えたが、裁判の結果の如何にかかわらず報酬を支払ってもらいたいと要求した。プロタゴラスの理屈に寄れば、「もしわたしが君との訴訟に勝つなら、そのときは、わたしは勝ったのだから、報酬を貰わねばならないし、逆に、もし君が勝つならば、そのときは、君は勝ったのだから、やはり報酬を貰わねばならない。」どうやらプロタゴラスは、訴訟の相手方にも弁論術を教えていたようだ。

ソフィストの弁論術の目的は人を説得することにあるから、永遠の実在とか、客観的真理とかいったものは関心の対象とはならず、人間にとって、それも依頼者である具体的な人間にとって有用なことがテーマとなった。ここからきわめて人間中心的な発想が、次々と生み出されてきたのである。

ソフィストたちの中でも、プロタゴラスは独特の地位を占めている。プラトンはソフィストたちを軽蔑の念を以て描いているが、プロタゴラスだけは別扱いしているように、人柄においても、説においても秀でたところがあったようだ。

プロタゴラスが生まれたのはトラキアのアブデラだというから、あのデモクリトスと同郷の人である。だがデモクリトスとは異なり、自然を研究する代わりに人間を研究した。

プラトンは「テアイテトス」の中でプロタゴラスの説を詳細に論じている。プロタゴラスによれば、「人間は万物の尺度である、あるものについてはあるということの、あらぬものについてはあらぬということの。」

その意味は、一人一人の人間が物事の尺度なのであり、人びとの間で意見が一致しないような場合には、だれか特定の人が正しくまた別のひとが間違っているというような、客観的な真理というようなものは存在しない、その理由は、人間の感覚というものは、非常に誤りやすいものだからという点にある。

ここから、プロタゴラスは懐疑論の祖として持ち上げられるようになった。彼は真理の絶対性などというものは信じない。あらゆるものは人間とのかかわりの中で意味を持つ。対象の属性とされるものにせよ、空間や距離にせよ、みな人間の存在を前提にしてはじめて意味を持つ。人間こそがものごとの尺度なのだ。これがプロタゴラスがたどり着いた結論だったようである。

プロタゴラスはしかし、懐疑論を以てこの世界に否定的にかかわろうとしたのではなかった。もしも客観的な真理が存在しないのだとすれば、そのかわりに人びとがよりどころとすべきなのは意見の一致であり、それを制度として現した慣習や法律なのだ、そうプロタゴラスは主張する。

こんなところから、プロタゴラスは経験を重んずる哲学の伝統の中では、そこそこの地位を占めうるのかもしれない。

プロタゴラスは二度アテナイを訪れているが、最後には不敬の罪状を以てアテナイから追放された。その根拠とされたのは、彼の次のような説である。

「神々については、それらが存在するということも、存在しないということも、わたしは知ることができない。なぜなら、それを知ることを妨げるものが数多くあるのだから。事柄が不明確であるのに加えて、人生は短いのだから。」





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