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鈴木大拙の日本的霊性論


鈴木大拙は、霊性という言葉を宗教意識というような意味で使っている。というのも大拙は、霊性という言葉を感性や知性と並列する形で使っているからだ。感性が感覚についての、知性が知的認識についての意識であるように、霊性は霊即ち宗教的な対象についての意識であると考えているわけだ。

この霊性というものは、民族ごと宗教ごとに違う形をとると大拙は考えていた。キリスト教的、インド仏教的霊性がある一方、日本には日本人的な独特の霊性がある。それを大拙は日本的霊性と名づけて、その生成と本質について議論する。「日本的霊性」と題した著作がそれである。

この著作の中で大拙は、日本的な霊性が芽生えたのは鎌倉時代だったと言っている。それ以前の日本人には深い宗教意識はなかった。仏教や神道が存在したではないかとの反論があるかもしれぬが、仏教は上層階級に限定されて一般庶民とはあまり係わりがなかったし、日本古来の神道は、宗教と言うよりは、「日本民族の原始的習俗の固定化したもので、霊性には触れていない」。ある民族が霊性に目覚めるためには、「ある程度の文化段階」に進む必要がある。日本人の場合、鎌倉時代に至って初めてそのような文化段階に至り、全民衆的な規模で霊性に目覚めたというのである。

鎌倉時代に目覚めた日本的霊性を大拙は、禅と浄土系思想がもっとも純粋にあらわしていると考えた。両者とも大陸から伝えられた仏教系の思想をもとにしているが、鎌倉時代の日本人は、それを外来の思想として受け入れたのではない。それらを日本人独特の宗教意識とマッチさせるような形で、内面化した。ということは、外来の思想が日本人の宗教意識を高めたというよりは、もともと日本人の中に潜在的にあった宗教意識が、これら外来の思想を触媒として花開いた、というべきである、と大拙は主張する。

大拙は、禅と浄土系思想の両者とも、個人の救済を目的としているところに注目する。禅は悟りを通じて、浄土系思想は絶対者の慈悲にすがることを通じて、と言う具合に内容に多少の違いはあるが、両者とも個人の救済を目的としている点で共通している。これらに比較すれば、平安時代の仏教は国家鎮護のほうに比重が傾いていたし、神道もまた素朴なアニミズムの域を脱していなかった。

大拙がこのように言うのには、宗教に関する彼の基本的な理解が作用しているように思える。禅ではあまり表面化しないが、浄土系思想では仏と言う絶対者への帰依というかたちで、超越的な存在に対する信仰というものが問題にされる。禅といえども、悟りを得て涅槃に到達するという目標は、個人が超越者と一体になるという願望を含んでいる。その点ではやはり超越者への信仰が根っこにあるのだといえる。

キリスト教にしろ、イスラム教にしろ、高度な宗教とされるものは、超越者とのかかわりを問題とする。これらの宗教にあっては、宗教の本質とは、絶対者との超越的な係わりなのである。その超越的な係わりは、インドや中国の仏教においてはあまり問題とはならなかったが、日本では禅や浄土系思想と言う形で、それが大規模に展開した。

そこで何故、鎌倉時代以降の日本人が、絶対者との超越的な係わりを主題にした宗教を発展させるようになったのか、が問題となるが、大拙はそこまでは触れていない。




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