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パラケルススと錬金術


パラケルスス Paracelsus (1493-1541) は、ルネサンス期に活躍した神秘思想家であり、かつ錬金術師であった。パラケルススという名は、本名であるテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムのファミリーネームをギリシャ語風に言い換えたとも、あるいは、古代の医学者ケルススを超えるという意味を含ませたとも言われる。

ヨーロッパの錬金術は古代に始まり、中世においては十字軍の遠征によってもたらされたアラビアの錬金術を吸収しながら、民間において細々と伝承されていた。キリスト教会はこれを悪魔の術として迫害した。だから決して表舞台にあがることはなかったのだが、パラケルススはそれを表舞台に引き出したのであった。

しかし何故ルネサンスの時期に、前時代の遺物ともいうべき錬金術が公然化したのだろうか。ルネサンスは中世のキリスト教的秩序をひっくり返し、一旦古代に立ち返ることによって、新たな目で世界をとらえなおそうとしたものだった。その際、古代の事柄とともに、中世を通じてキリスト教によって迫害されていたものも一緒に甦ってきた。むしろルネサンス期には、そうした訳の判らぬ不合理なものの復活のほうが目立ったのである。

錬金術は、主に化学的な方法を用いて、卑金属から金や銀などの貴金属を合成しようとする技術である。その背景には物質に関する独特の考えがあった。ある種の物質には特別の可能性があり、それらを正しく合成すれば必ず金が生み出されると確信されていた。

その際に決め手となるのが、この合成を成功させるための触媒である。これは賢者の石とかティンクトゥーラとか呼ばれた。パラケルススには、この賢者の石を持っているという評判がヨーロッパ中に伝わっていたらしい。

パラケルススは錬金術を、単に金属の合成にとどまらず、有機物の世界にまで拡大した。人間の身体を始めとした有機体の変化にも、金属の合成と相似した過程があり、そこにある種の触媒を作用させることによって、病気を治したり、新しい生命体を作り出すこともできる。

パラケルススは錬金術の手法を応用して、ホムンクルスと呼ばれる小さな妖精のような人間を作り出した。それは、パラケルススによれば、フラスコの中でしか生き続けることができないが、人間としての最高の智恵を備えた生き物なのであった。

パラケルススの錬金術の基底には、世界の存在に関する独特の思想体系があった。占星術や神秘思想に彩られたものであるが、フィチーノら新プラトン主義の影響も受けていた。

まず宇宙の構成について、パラケルススはアリストテレスにもとづいて、次のように論ずる。宇宙は月下の世界たるこの世、遊星からなる天上世界、そして恒星からなり世界霊の棲む霊的世界から構成されている。

パラケルススはこの説に新プラトン主義の流出説を接木させて、宇宙の根源は世界霊であり、この世界霊としての第一質料が流出することで、宇宙全体が生み出されたのだとする。

これを大宇宙とすれば、人間は小宇宙としてイメージされる。人間において地上の世界に対応するものは身体であり、天上世界に対応するものは精気であり、霊的世界に対応するものは魂である。

宇宙と人間との間には単なる類比を超えて密接な交流がある。世界を支配する霊が人間に働きかけて霊夢を見させることもあれば、逆に人間界の出来事が世界例に働きかけて天変地異を生じさせることもある。

第一質料の最初の流出によって生じるものは、錬金術の三要素、すなわち、硫黄、水銀、塩である。天上世界及び月下の世界を通じて可視的で物質的な世界はすべてこの三要素の配合によって形作られている。硫黄は燃焼や蒸発の原理ともなり、水銀は流動や固定の原理ともなる。またこれら三つの要素が組み合わされることで、4つの元素、すなわち、地水火風が生じ、これらがさらに組み合わさることによってさまざまな物質が生み出される。

錬金術はこれら三要素、四元素の組み合わせを究明することによって、金の合成や生命体の創出をめざす技術なのである。

ところで、現代の偉大な思想家の中に、パラケルススを取り上げたものがいる。カール・グスタフ・ユングである。ユングはユニークな心理学説を唱えたことで知られているが、そのユニークさは、偉大な思想家というに相応しく、桁がはずれていた。

ユングにとって心とは、物体ではないにしても、たんなる精神作用を超えた確固たる実体を持つものであった。しかもそれは個人的なものであるにとどまらず、個体から個体へと受け継がれるものであり、歴史的な広がりを持つものであった。さらに驚くべきことに、人間の心と宇宙との間には内的な紐帯があって、宇宙の出来事が人間の心に影響を与えることもあれば、人間の心の中の出来事が宇宙に影響を与えることもある。

これはまさに心霊術と同じ考え方である。ユングは心霊術をまじめに信じていた。パラケルススの錬金術の思想と似通うところがある。

実際ユングは、パラケルススから大きなインスピレーションを受けたと告白している。「心理学と錬金術」という本の中では、パラケルススに対して大いに敬意を払ってもいる。





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