知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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人間諸科学の考古学:近代のエピステーメー


フーコーは「言葉と物」に「人間諸科学の考古学」という副題をつけた。人間諸科学と言うのは、西欧近代のエピステーメーが生み出した諸学問のことであり、言語学、生物学、経済学を中核として、その隙間に心理学とか社会学、文化人類学とかいった学問が成立している。

このうち、言語学は古典主義時代の一般文法に、生物学は博物学に、経済学は富の分析にそれぞれ対応するといった具合に、古典主義時代の諸学問の発展した形態だと考えたくなる誘惑を感じるが、フーコーは、古典主義時代のエピステーメーと近代のエピステーメーとの間に連続性を認めないので、それぞれの縦系列の諸学問は互いに対応しあう関係にはないと言っている。近代のエピステーメーから生まれた学問は、古典主義時代における同じような領域の学問と比較すべきなのではなく、近代のエピステーメーに立脚したほかの学問と対応させるべきなのである。たとえば言語学については、前時代の一般文法ではなく、同時代の学問である生物学や経済学と関連付けるべきなのである。なぜなら言語学は、一般文法とは同じ領域を扱っているのにかかわらず異なったエピステーメーに基づいているのに対して、生物学や経済学とは領域を異にするとはいえ、同じエピステーメーに立脚しているからだ。

そこで、古典主義時代のエピステーメーと近代のエピステーメーを分け隔てる基本的な相違点は何か、ということが問題となる。

古典主義時代のエピステーメーの基本的な特徴は、表象の内容として現れた対象を同一性と差異の原理に基づいて分析・分類するというものだった。それは人間のまなざしの先にあるものを分析・分類し、表と言う形の静的な枠組みに配分することを最終的な目的としていた。それ故博物学こそが、古典主義時代の知のあり方を代表するものでありえたわけである。言語の分析も富の分析も同じ原理に立っていた。言語は対象を指示するものとして表象であったわけであるし、富もまた人間の欲望の対象がとるさまざまな形態に他ならなかった。言語の分析も富の分析も、それらが対象とする表象の内容を分析・分類すると言う点で、博物学を含めたこれら古典主義時代の諸学問は同じ原理に立っていたわけである。

これに対して近代のエピステーメーは、表象の表層を突き破り、その内部あるいは背後にあるものに迫ろうとする。表層というのは、言葉どおり外皮を指すに過ぎない、実質はその内部にあるはずだ。その内部にあるものを抉り出し、それを対象の本質を規定するものとして認識する。こういう衝動が近代のエピステーメーを突き動かした、フーコーはそう考えるのである。

ではその、表象の背後にあるものとは何か。それについてフーコーはわかりやすい説明をしていない。ただ、言語については名詞の指示作用よりも動詞の屈折作用が重視されるようになったとか、博物学の静的で均一な分類の空間に変わって生命の概念が前面に出てきたとか、経済の領域では富の分析にかわって、そもそも富を生み出すものとしての人間の労働というものが前面に出てきた、と言っている。フーコーはこうした変化をもたらした原動力を、「人間」という概念で表現する。つまり、近代的なエピステーメーは、「人間」を原理とするものだと言うわけである。人間が前面に出てくることで、歴史が重視されるようになり(動詞の屈折にも変化の歴史がある)、人間の生命を介して生命一般が重視されるようになり(世界は生命の有無に応じて有機界と無機界とに大別される)、人間の働きであるばかりか人間の本質を規定しているものとしての労働が重視されるようになった(経済学の労働価値説とヘーゲル・マルクスの労働観)、と考えるのである。

「人間」という概念が近代のエピステーメーの中で始めて登場したものだということをフーコーは次のように語っている。「17世紀と18世紀には、けっして人間のような何かに出会うことはなかった。なぜなら、人間は実在しなかったからである・・・人文(人間)諸科学が姿をあらわしたのは、人間が西欧文化のなかで、思考しなければならぬものとして、と同時に、知るべきあるものとして、成立せしめられた日からである」(「言葉と物」第10章、渡辺・佐々木訳)

この、「人間」という原理の哲学的な表現を、フーコーはカントの「批判哲学」に見ている。カントの批判哲学の核となる考えは、対象の経験的な認識は、人間の側の先験的な枠組みに合致させることによって成立するというものだった。つまり世界の認識は人間の知の枠組みと相対的な関係にあるとされたわけである。これに対してデカルトの哲学は、「われ思う」ということからして、人間中心の思想のようにも感じられるが、デカルトの人間は、カントの人間とは違う。デカルトの人間は意識に還元された抽象的な存在である。その抽象的な存在としての人間の意識が、対象的な世界と向き合い、それを知的に認識する。この認識の作用の中では、人間と対象とはなんらの媒介者も持たない。対象はストレートに意識に働きかけ、その結果認識が生じる。この認識にとって、身体としての人間もその他の自然的な世界も同じレベルのものであるし、一方、主体としての人間は、対象とは別個の原理で動くものだ。変な話だが、デカルトにとって、認識に人間が介入する余地はないのだ。

これに対してカントの人間は、認識と相関的な存在だ。認識は人間と言う概念の装置を介在しなければ成り立たない。人間の認識は経験的=先験的という複雑なシステムなのだ。人間なしではどんな認識もなりたたないし、したがって世界が像を結ぶこともない。なぜなら世界とは、それ自身として自存しているものではなく、人間の認識の相関者、人間によって再構成されたものとして存在しているからだ。

もっともフーコーの場合には、カントが人間の内部に設定した知の枠組みを人間の外部に設定する。人間は経験的な対象を先験的な枠組みに当てはめて把握するという点ではカントと同じなのだが、その先験的な枠組みは人間の内部にあるのではなく、人間の外部にある。これは、文化人類学者が制度とかモデルとか言っているものであり、構造主義者たちが構造と言っているものにほぼ等しい。つまり個々の人間は、自分の内部ではなく外部に存在しているこうしたさまざまな文化的枠組みに当てはめながら対象を知的に認識していると考えるわけである。

こうした枠組みはカントのア・プリオリと同じく人間という原理を足がかりにはしているが、人間の内部ではなく外部にあるという点で、もはや人間とのかかわりにこだわる必要がない。こうした人間外の枠組みを特に強調したものとして、レヴィ・ストロースの文化人類学とフロイトの精神分析をあげることができる。レヴィ・ストロースは個々の人間の行動を、個々の人間を超えた、いわば人間外の要素によって説明しようとしたわけだし、フロイトは無意識の重要性を強調することで、人間がかならずしも自分自身の主人ではないのだということを明るみに出した。

だが彼らはこうすることで、人間そのものの意義に疑問を投げかけることになる。人間の外部にあるものなら、それを説明するのに、なにも人間を持ち出さなくてもいいではないか、というわけであろう。こうして、近代になって初めて登場した人間は、わずか1世紀半の時間の経過の中で、次第に不要なものになってきつつある。フーコーはそれを、人間の消滅が近い、という言葉で言いあらわしている。

人間の消滅については、別稿であらためて取り上げたい。




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