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フーコー「監獄の誕生」


フーコーは「監獄の誕生」を書くに当たって、二つの目論見を果たそうとした。一つは、先行する諸作品の中で「歴史的アプリオリ」と呼んでいたもの(それは「言葉と物」の中ではエピステーメーと呼ばれ、「知の考古学」の中では知と呼ばれていた)を一層概念的に掘り下げ、その系譜学的な由来を徹底的に解明することであり、もう一つは、19世紀以降の西欧近代社会を、ブルジョワジーの支配する社会と規定することによって、それを階級闘争の舞台として描きなおすことであった。

フーコーの「歴史的アプリオリ」には二つの面がある。一つは、アプリオリという言葉から連想されるように、人間の認識の枠組みが個々の人間にとって外的な所与として与えられていると主張することであり、その面では構造主義者たちのいう構造という概念と近い。フーコーが一時構造主義者たちの仲間に数えられたのは、このアプリオリの概念によってだった。しかし、たとえばレヴィ=ストロースの構造の概念が、歴史を超越した無時間的なモデルだったのに対して、フーコーのモデルには時間が介在していた。その面を表すのが「歴史的」という形容詞である。こう言うことでフーコーは、人間の認識や行動を左右しているアプリオリな枠組みは、無時間的なものではなく、時間に従って転変していくものなのだと主張したわけである。

しかし、フーコーといえども、この歴史的なアプリオリが、どのような要因によって支えられているのか、それを明確に示すことは、この書より以前にはなかった。歴史的アプリオリは突然生じ、いったん生じるやその社会のすべての学問を制約するような枠組みとなるのであるが、その生成がどのようなメカニズムによって生じるのか、と言う点についてはフーコーは明確には言わなかった。彼が言ったことは、ニーチェが系譜学について言ったことの範囲を超えなかった。歴史的アプリオリには、その起源があるというのがニーチェの主張の内容である訳だが、その起源はニーチェにあっては、キリスト教道徳の成立に求められ、いったんそれがアプリオリとして成立するや、もはや変化することはないものと前提された。フーコーはそうしたニーチェの主張に満足せず、歴史的アプリオリは、歴史の長いスパンの中では何度も転変するし、その転変については、それを促すダイナミズムが働いていると考えた。そのダイナミズムとは、マルクスがいう階級対立に他ならない。つまりフーコーがこの書で展開したことは、マルクスの階級概念に基づいて、歴史的アプリオリを定義しなおすことだったと言える。

フーコーがこの書の中で主に対象としているのは、18世紀末から19世紀始めにかけて成立したフランスの近代社会である。フーコーはそれを、古典主義時代(この書の中では啓蒙の時代と呼ばれている)から近代への歴史的アプリオリの転変として描き出しているわけだ。こうした時代区分は、「狂気の歴史」における狂人たちの大いなる閉じ込めから精神病院における狂人の治療への転変、そして「言葉と物」における古典主義時代の表象をもとにした分類から人間の内面を考慮した人間諸科学への転変とほぼ対応している。ただ、この書の中では、古典主義時代以前の人間の身体を対象とした刑罰から近代の監禁への移行が、連続的に生じたということになっているので、古典主義時代(=啓蒙の時代)の持つ意義が薄められてはいるが。

監獄は近代に特有の制度だとフーコーは言いたいようである。それゆえにこそ、近代の監獄を分析したこの書に、「監獄の誕生」という題名(副題だが)をつけたのであろう。監獄は近代になって初めて生まれたものだというわけである。監獄とは、司法制度の一環としてあるわけで、したがってそれは犯罪者の処罰を目的としているはずである。犯罪者の処罰という点では、フランスは長い歴史を有しており、その歴史の中では犯罪者によって乱された秩序を回復させるとか、犯罪者によって蒙った被害者の痛みを犯罪者に償わせるという意味もあった。乱された秩序にしろ、蒙った痛みにしろ、それを代表するのが国王であるわけだから(国王は社会秩序の総覧者であるとともに国民の父でもある、だから子である国民の痛みは父である国王の痛みでもある)、国王の名において犯罪者の処罰が行われたのであり、その処罰は犯罪者に彼がおかした罪と同等の痛みを味あわせるものでなければならなかった。その痛みは犯罪者の身体によって受け止められるべきだとされたのは、ある意味論理的な必然でもあったのだ。

しかし、近代における処罰は、犯罪者の身体を標的とはしない。というよりも、処罰の名は冠せられているといえども、実際には処罰とはいえないようなことが行われている。犯罪者は、彼が犯した犯罪の度合いに応じた期間拘禁されることで、その罪を償うとされたのであるが、その拘禁には処罰と言う言葉のかもし出す雰囲気は見当たらない。拘禁された犯罪者は、過去に犯した罪を償うというよりは、二度とこのような犯罪を犯さないように矯正されることに重きが置かれるようになった。監獄はこうした要請にこたえるために考案されたのであるが、そこで行われているのは、犯罪者の身体を標的にした処罰ではない。犯罪者の内面を対象にした矯正あるいは指導なのである。

このように、監獄で行われている矯正という作用は、もはや処罰よりも社会の防衛を主な目的としていることは、見えやすいことである。近代の司法は、犯罪の処罰から、犯罪から社会を防衛することに主眼を置くようになった。その防衛のための主な手段が、犯罪者の教育であることもまた見えやすいことと言えよう。

この教育の内容を構成しているのは規律と訓練である。規律と訓練を通じて、犯罪者たちは社会に対して従順な身体を形成し、社会の価値を自分の価値として内面化するようになる。その点で近代の監獄は、学校や工場などと似通っている。学校や工場においても、生徒や労働者たちは従順な身体を期待され、また社会の価値を自分の価値として受け入れることを期待される。その価値とは何か、それは私有財産は崇高なものであり、何人もそれを無償で他人から奪ってはならない、という要請のことである。古典主義時代以前には、人間の権利への直接的な(主に身体をめぐる)侵害が問題となったのだったが、いまや財産への侵害が最大の問題とされる。つまり、ブルジョワジーニとってなによりも優先する私有財産の尊厳、それが社会のあらゆる価値判断を左右している、それが近代社会のもっとも根本的な特徴なのだ、とする点でフーコーは、近代をブルジョワジーによる階級支配の時代と定義づけるわけなのだ。

このように、監獄に期待されている最大の役割は、社会を犯罪から守ることであるわけだが、その期待は実現されていると言えるだろうか。決してそうはなっていない、というのがフーコーの見立てである。もし監獄が、犯罪者の矯正に一定の成果をあげたとしたならば、犯罪者の再犯はなくなるはずである。ところがなくなっていないどころか、犯罪者の再犯率は高いままなのである。それはなぜか。フーコーは、監獄が犯罪者に働きかけているのは、犯罪者のためと言うよりか、司法制度という社会制度の都合によるものだと推測する。警察が、自分たちの存在意義を認めてもらうために、無理やり犯罪者を作るのと同じような理屈で、司法制度も自分たちの存在意義を認めさせるために犯罪者を拘禁している。犯罪者を撲滅するために監獄が生まれたのではなく、監獄の存在を合理化するために犯罪者がつくられている。そう言えなくもないのだ、と言うわけであろう。

では監獄の兄弟である学校や工場はどうなのか。フーコーはその辺は語っていないが、すくなくとも工場や兵営は、工場や兵営自身の都合のために工員や兵士を生産し、それらを費消しているのだと言えなくもない。だが、それによって困る人は、監獄の場合より少ないであろう。問題なのは学校だ。学校が、ブルジョワジーニとって都合のいいイデオロギーだけを生徒に吹きこむだけの存在になったとしたら、世の中はどんな風になっていくだろうか。この疑問に対してフーコーは直接答えてはいないが、ただ、監獄で行われている規律訓練の行き着く先にある監視社会のイメージを持ち出して、学校もまたこの監視社会に組み込まれていくという懸念は、言外ではあるが、表明している。

フーコーにとっての、近代社会が最終的に行き着く先のイメージは、どうやらオーウェルが描いたような監視社会であるらしい。この書のフランス語原文の表題は「監視と処罰( Surveiller et punir )」なのである。




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