知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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幸徳秋水を読む


幸徳秋水は、四国土佐の出身であり、郷土の先輩中江兆民に十代の頃から私淑していたこともあって、早いころから自由民権の活動家たるべく自己形成を行った。その彼が自由民権を突き抜けて社会主義思想やアナーキズムに傾いたのは時代の影響だったのだろう。幸徳秋水が社会主義思想を公然と言明し始めるのは、日清日露の戦間期であったが、その頃には既に、日本の資本主義は帝国主義の様相を呈し始めていた。それゆえ秋水の社会主義は、この帝国主義と正面から立ち向かうこととなったわけだが、それは当時の為政者にとって見逃すことのできない仕業に映った。そんなわけで秋水は、大逆事件という冤罪をでっち上げられて、権力に抹殺された。主義のために命をかけた人間は、それまでの日本にもいなくはなかったが、社会主義のために命を失った日本人は、秋水が最初の人である。



幸徳秋水「兆民先生」
幸徳秋水の遺書
幸徳秋水の帝国主義論
幸徳秋水の社会主義論
幸徳秋水の平民主義
幸徳秋水の非戦論
幸徳秋水の基督抹殺論


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