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弁道:荻生徂徠の思想


弁道は、徂徠思想の要点を簡潔に記述したもので、同じく徂徠の思想を記述した弁名と並んで二弁などと称されている。享保二年(1717)頃に書かれ、写本で流通していたが、その後徂徠の意思に拠って弟子たちが決定稿を編纂し、元文二年(1737)に刊行された。

弁道とは、道を弁ずるの謂である。道とは先王の道をいう。先王の道とは何ぞや。先王が立てた道をいう。先王とは何ぞや。堯・舜以下数人の聖人である。その数人の人が立てた道、すなわち作為したものが先王の道である。人間が作為したのであって、天地自然の道ではない。しかしてその目的は天下を安んずるところにある。

これが徂徠の説の中核をなすものである。世の中は道にのっとって動いていくべきものだが、その道は宋学が主張するような天地自然の道ではなく、人為的に作為されたものである。そしてその目的は天下を安んずるところにあり、宋儒や老仏がいうような個人の性を充実させることにはない。だいたい、いまの日本では宋儒が流行し、その結果ものごとの本筋が見失われている。その本筋を再発見し、物事の本筋に戻らねばならぬが、その本筋というのは、ほかならぬ先王が作為した道なのである。

徂徠は自分の学問の基本的な立場である先王の道を重んずる態度を、王・李二家の書を読むことで得たという。王・李とは明の儒者王世貞、李攀竜をさしていう。かれらは宋学に反発し、漢代以前の古い時代の書物に帰れと言って、儒教の本来の姿を探求した。その古い姿は孔子によって体現されているので、孔子と孔子が集大成した六経によることが肝要である。宋学は、子思や孟子を重視しているがそれは邪道である。

道は統名であって、礼楽刑政を合わせたものである。礼楽刑政はいずれも先王が立てたもので、それを孔子が六経という形に整理した。したがって六経を学ぶことで道の何たるかを理解することができる。

孔子は、あくまでも先王の業績を整理したのであって、自分自身で道を制作したわけではない。その意味では先王には含まれないが、先王の道を明らかにした点では、聖人に準じたものと考えてよい。

孔門の教えは、仁を至大となす。仁とは、先王の道をあげてこれを体することをいう。先王の道を体現している状態をさして仁というわけである。孟子はこれに義を加えて仁義としたが、それは後世の僻事というべきである。義は礼儀の類であって、仁とは異なるものである。両者相並べて、同日に論ずべきものではない。

仁は養いの道にして、これすなわち直きをあげて曲がれるに置けば、曲がれるものも直くなる。それと同様に、先王の道は、その大なるものを立てれば、小も自ずから至る。政治を考える際には忘れてならぬことである。

性をいうのは、老・荘より始まる。性とは聖人の道とは関係のないものだ。性は個人の気質に着目した説だが、先王の道とは、一人のよくなすところではい。必ず衆力を以てせねばならない。

子思・孟子以後、人を強いて説得しようとする風潮が強まったが、これは訴訟の法と同じく、自分の説を強要しようとするもので、自分のほうに主導権があるように見えて、実はそうではない。相手のほうに主導権があるからこそ、説得に夢中になるのである。自分に主導権があれば、無理に説得しなくても、相手は納得するものである。

先王の道は、事実の上に立脚する。理屈にはたよらない。理屈にたよろうとすれば、勢い言語を弄することになるが、事実は多言を要せずとも明らかになるものである。先王の道は、その明らかな事実に立脚して、天下を安んずるにつとめる。

善悪は心から生じるといわれるが、心そのものには形はない。だから礼を以て心を制すれば、心は自ずから善に傾く。礼を外にして心を治めようとするものは、みな私智妄作である。孔子が礼楽を重視したのは、これを以て心を制しようと考えたからである。

孔子の六経のうち、もっとも肝要なのは書と詩であるが、この二つはそれぞれ相異なったものである。したがって、読み方も相異なったものとなるべきである。ところが、この二つを同じように読もうとする者が多い、そのために、詩の読み方を誤る。書は勧善懲悪を以て趣旨とするのに対して、詩は民情を披露するものだからである。詩には淫奔にわたるものもあるが、それはあくまでも民情の一例として受け取るべきで、そこから教訓を得ようとしてはいけない。詩は、「君子は以て宵人を知るべく、丈夫は以て婦人を知るべく、朝廷は以て民間を知るべく、盛世は以て衰俗を知るべく」読まれるべきなのである。

こういう具合に、徂徠の思想は、孔子以前の古い時代の儒の教えを基準としている点で、古学と呼ばれるわけである。




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