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必然の国から自由の国へ:共産主義社会についてのマルクスのイメージ


資本主義的生産様式を基盤とする社会システム=資本主義システムが終わりを告げたあとにはどのような社会システムが現われるのか、資本論では具体的なイメージには触れていない。抽象的なスローガンが置かれているだけである。それは一つには原始共産制の発展形態としての新しい共産主義社会の到来であると言われたり、必然性の国から自由の国への進化と言われたりする。しかしそれらはあくまでもスローガンにとどまっており、読者はそこから具体的で明確なイメージを得ることはできない。

その代わりに読者が示されているのは、20世紀に行われた社会主義を標榜する実験である。ソ連をはじめとした社会主義国家は、マルクス主義を標榜しながら、いわゆる計画経済を実施した。その目的は、市場の無政府性にもとづく資源の浪費や恐慌といったカタストロフィーを防ぐために、資源を計画的に配分し、その計画にもとづいて経済を運営するというものだった。しかし、ごく単純化していうと、ソ連をはじめとした東欧の社会主義システムの実験は失敗に終わったというふうに総括されている。それを以て、社会主義の無効性を云々する向きもある。このプロジェクトの冒頭で言及したフランシス・フクヤマなどは、ソ連圏の崩壊によって社会主義は無効であったことが証明され、いまや資本主義システムこそが唯一の有効なシステムだと宣言した。そしてそれが今日の世界規模での世論になっている。

フクヤマの主張は、ソ連型社会主義を社会主義の唯一の可能なモデルと前提したものだ。しかし、(このプロジェクトの)冒頭でも述べたように、ソ連型社会主義を、社会主義の唯一のモデルだと断定する理由がないばかりか、ましてやそれが、マルクスの理論の忠実な実践だという理由もない。ソ連を成立させたロシア革命は、資本主義の矛盾が生んだものではない。つまりプロレタリアートがブルジョワジーを打倒して成立したものではなかった。ツァーリの専制に対する民衆の怒りを、ボリシェヴィキが組織して、権力を奪取したものだ。革命というものが、新しい階級による古い階級の打倒ということを意味するなら、ロシア革命は、厳密な意味での革命ではなく、権力の移動であり、したがって、政治学の用語でいえば、クーデタと称すべきものだった。そのクーデタで権力を握ったのは、スターリンを頂点とする官僚組織としての共産党であったわけだが、その共産党が計画経済を実施したのは、マルクス主義者を標榜するかれらにとっては、自然なことだったと言える。しかし、結論からいえば、革命後のロシアには、社会主義システムを本格的に導入する条件が欠けていた。つまり、労働者階級が階級として成熟しておらず、権力を握った官僚制は、労働者の代表というよりも、労働者の後見人として振る舞わざるをえなかったのである。それは、全く新しい実験であって、マルクスが予想していなかったことだったと言ってよい。

マルクスの予想は、あくまでも、資本主義が最高段階に達した諸国において、階級対立が極限に達して、その結果プロレタリアートがブルジョワジーを打倒し、権力を握ったうえで、プロレタリアートが主体になって、プロレタリアートのための社会を実現するだろうということだった。マルクスがそう考えたわけは、資本主義が打倒されたあとには、階級は基本的には消滅し、そこではじっさいに働く人々が社会の主人公になる、つまりそこでは労働者の概念と人間の概念が一致すると思ったからだ。階級対立がなくなったあとでも、労働者というような階級的イメージを思わせる言葉を使うのは具合が悪いところがある。そんなわけでマルクスは、かつての労働者階級が、新しい社会における人間の概念を代表すると考えたうえで、労働者という言葉を使っているわけである。

ソ連型の社会主義システムが破綻した理由として、人間というものは、その本質からして自由を求めるものであり、したがって計画によってタガがはめられることを拒否するものだというような主張があげられる。たしかに、その計画が外から与えられ、それへの服従が求められるだけなら、人々が反発するのは無理もないといえよう。しかし、その計画が人々の自主性に基礎づけられていれば、それは自分たちで責任をもった行為なのであるから、反発する理由はない。資本主義以後の社会では、諸個人は互いに自由な立場に立って、友愛にもとづく共同体を築くというイメージをマルクスはもっていた。そのイメージが、共産主義社会のイメージに結びついたわけだ。したがって共産主義社会は、自由な諸個人の友愛に基礎づけられた共同体であって、そこではかれらを強制する外部からの力はいっさい存在しないと考えられている。そのような社会のイメージとは、20世紀に現実に存在した社会主義国家はあまりにもかけ離れていたと言わざるをえない。そこに生きていた人々は、社会主義を外から強制されたと受け取る十分な理由があったのである。

フクヤマは、20世紀に現実に存在した社会主義システムには自由が欠けていたというが、マルクスが予想した未来の共産主義社会においては、ほかならぬ自由こそが人間を結びつける紐帯だと考えたのである。

共産主義社会における自由と、それにもとづく人々の友愛的な結合のイメージを、マルクスは次のように表現している。「自由はこの領域ではただ次のことにありうるだけである。すなわち、社会化された人間、結合された生産者たちが、盲目的な力によって支配されるように自分たちと自然との物質代謝によって支配されることをやめて、この物質代謝を合理的に規制し自分たちの協同的統制のもとに置くということ、つまり、力の最小の消費によって、自分たちの人間性に最もふさわしく最も適合した条件のもとでこの物質代謝を行なうということである。しかし、これはやはりまだ必然性の国である。この国のかなたで、自己目的と認められる人間の力の発展が、真の自由の国が、始まるのであるが、しかし、それはただかの必然性の国をその基礎としてその上にのみ花を開くことができるのである」

このような自由と、それを担う自由な人間は、資本主義の高度の発展によって生み出される。それらの人々が友愛によって結びつき、人間としての自分たちのあり方の開花に結びつくようなことを追求する。それは当初はまだ必然性に付きまとわれているが、やがて生産力の十分な発展に支えられて、必然性を脱却してまったく自由な社会のあり方を目指すようになる、というのがマルクスの漠然とした見取図だった。それを標語的に表現すれば「必然の国から自由の国へ」ということになる。マルクスの目指した共産主義社会は、究極的な自由の王国なのである。



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