知の快楽 哲学の森に遊ぶ
HOMEブログ本館東京を描く英文学ブレイク詩集仏文学万葉集漢詩プロフィール掲示板




フーコー「狂気の歴史」を読む


20世紀のフランスの哲学者たちは、過度に修辞的であるという共通の特徴を有している。彼らは分析の代わりに隠喩を用いて説明しようとする傾向が非常に強いし、また、簡潔に表現できるところを、遠まわしに勿体つけて表現したがる傾向がある。そのため、哲学の書を読んでいるのか、あるいは文芸的な著作を読んでいるのか、判別がつかないほどである。これは同時代の英語圏の哲学者たちが、分析的で簡潔な表現を好むことと著しい対照をなすばかりか、デカルト以来のフランスの知的伝統からも離れている。デカルト以来ベルグソンに至るまで、フランスの哲学者たちは、なによりも明晰かつ判明であることを無上のモットーとしてきた。ところが20世紀のフランスの哲学者たちは、必要以上に饒舌になるあまり、明晰かつ判明であることに、あまり気を使わなくなってしまったようなのである。

そんな20世紀のフランスの哲学者たちのなかにあって、ミシェル・フーコーは比較的わかりやすいほうである。わかりやすいと言っても、同時代の他のフランス人哲学者に比べれば相対的にわかりやすいというだけの話で、フランス哲学一流の気取りは共有しているので、それを読みこなすには一定の忍耐が必要である。

それはともあれ、フーコーがこのように比較的わかりやすいのは、彼の取り組んだテーマの性質にもよる。フーコーが取り組んだのは、思弁の領域ではなく、歴史の領域だった。歴史というのは事実を基盤としているので、どんな思弁を弄しようと、脚のどこかの部分は地上に触れている。純粋な思弁のように空中に舞い上がったままというわけではない。そこのところが、彼の仕事に堅実な要素を持たせる所以となり、そこがまた、彼の哲学を同時代のフランス人哲学者たちよりも、相対的にわかりやすくしているのだろう。

フーコーの取り組んだ歴史は、通常の歴史の概念からはだいぶ離れている。通常の歴史が、現代を、歴史の必然の結果生じた唯一のあるべき事態と想定し、それを基準に過去を遡及的に再構成しようとする傾向を強く持っているのに対して、フーコーは現代をそのようなものとは考えない。それは、歴史の中で継起したさまざまな要素のうちの、ひとつのものがたまたま優勢となった結果生起した事態であって、歴史的に唯一必然の、つまりほかに可能性がなかった、絶対的な事態ではないというふうに考える。そのうえで、どんな要因が働いて、現代という時代のあり方が作られてきたか、それを明らかにしようとする。

そうすることでフーコーは、現代というものの持つ意義を相対化する一方、そのイデオロギー性を暴露しようとする。相対化とは、歴史の見方に偶然性の要素を持ち込むことである。「歴史に"もしも"はない」とよく言われるが、それは歴史を必然性のみから成り立つと考えるからである。ところが、歴史には偶然性の要素もある。歴史の重大な分岐点の中で、いくつかの代替的要素が絡み合って、そのうちのひとつが優勢になった結果今日のような事態につながったが、もしも、そうではなく、他の要素が優勢だったらその後の歴史はどうなったか、そこに想像力を働かせるのが、偶然性を重視する見方なのであり、それが現代の見方を相対化するということなのである。

イデオロギー性(フーコー自身はこの言葉を使っていないが)とは、現代を成り立たせているさまざまな制度や観念体系の背後に、それについて強力な利害関係を有する集団の意思が働いているということである。どんな制度にもその背後にはそれによって利益をこうむる集団がいる、という見方はマルクスの見方を想起させるが、マルクスとは違った立場からそれを主張した思想家としてニーチェがいる。マルクスは、ある時代の支配的なイデオロギーはその時代の支配階級の考え方を反映したものだとしたわけだが、ニーチェの場合には、ヨーロッパのキリスト教道徳の背後に、それによって利益を受ける「賎民」の利害を見、その賎民たちがいかにしてキリスト教道徳を作り上げてきたか、それを過去に遡って明らかにした。ニーチェは自分のそういった歴史記述を「系譜学」と名づけたわけだが、その方法をフーコーも意識的に取り入れている。そのことをフーコーは、「ニーチェ流のあの偉大な探求の陽光をあびつつ」、歴史を研究すると表現している(「狂気の歴史」序言、田村俶訳)。

「狂気の歴史」は、そうした系譜学的な研究の最初のものである。この著作の目的は、ヨーロッパにおいて、今日我々が「狂気」という言葉で理解している現象が、どのあたりの時代に、どのような経緯を経て、またどのような社会集団において成立したか、そのことを明らかにすることである。今日に生きているヨーロッパ人は、狂気というものは人間の精神の病として人類が生まれたときからあった病気なのであり、したがって歴史を超えた普遍的な病なのだと思い込んでいるが、そうではないとフーコーは言う。

今日我々ヨーロッパ人が認識している狂気というものは、時代を超えた普遍的な病なのではなく、ある特定の時代に成立したきわめて特殊時代的な病気なのであり、しかもそれが病気として認識されるようになるには、一定の事情の成立が前提となっていた。近代的なブルジョワ階級の成立である。ブルジョワ階級が支配的な階級として歴史の地平に登場し、彼らの利害が社会を動かすようになって初めて、狂気というものが前面に出てきた。それまで狂気は、病気として認識されていなかったばかりか、狂人は社会に融合して生きていられた。狂気が非理性として理性から排除され、社会の外に監禁されるようになるのは、きわめて新しい時代の出来事なのである。こうフーコーは言って、狂気の系譜学的な位置づけをするわけである。

かくしてこの書物は、とりあえずは、狂気が非理性として理性から分割される時点に焦点を当てる。フーコーはそれを、大いなる閉じ込めの時代である古典主義時代の始まりに求めているのだが、それはまさに今日的な意味における狂気が始まる時期という点で、「狂気の歴史の零度」だとフーコーは言う。

「狂気の歴史の零度を、つまり狂気が未分化の経験であり、分割じたいによってまだ分割されない経験である、あの零度を、歴史のなかに発見しなおす必要がある」(同上)

こう言った上でフーコーは、「中世的で人文主義的な狂気経験から、狂気を精神病のなかに閉じ込める現代の狂気経験への移行」(序言)を明らかにするのだと宣言する。

なお、この「歴史の零度」とは、ロラン・バルトの「エクリチュールの零度」を意識した言葉だろう。バルトの零度は、あるエクリチュールが成立してくるときのその始まりの瞬間をイメージした言葉だが、フーコーの場合には、ある特定の制度や観念体系が、まさに生まれようとするその瞬間をさしている。この瞬間を強調することでフーコーは、どんな制度や観念体系も歴史的に相対的な現象なのであり、その成立には一定のイデオロギーが関わっているということを明らかにしたいのであろう。

以上、この書物の分析視点は、ニーチェの系譜学を主な参照軸にしながら、近代ブルジョワジー階級についてのマルクスの見方を反映しているところもある。フーコーはマルクスからも大きな影響を受けているのだが、著作活動を続けるうちに、次第にその痕跡が見えなくなる。この書物はまだ、マルクスの尾っぽを引きづっている。フーコーの書物の中で文章が一段とわかりやすいのは、博士論文として書いたという事情もあるだろうが、マルクスの残影が働いているためだとも言えるのではないか。




HOMEフーコー次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2015-2016
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである