知の快楽 哲学の森に遊ぶ
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ピュロンと懐疑主義の哲学


感覚がもたらすものへの懐疑論は、長い間ギリシャ哲学にとって難点の一つであった。そこでパルメニデスは感覚の世界を「あらぬもの」として、その存在を否定したし、逆にソフィストたちは、人間の感覚は人によってそれぞれ現れ方が異なるのであるから、世界には絶対的な真理などはありえないと主張した。プラトンは感覚のもたらすものを、イデアの似姿だといって、それに一定の場所を認めたのであるが、その説はアリストテレスによって、単なる比喩に過ぎないと批判された。

ピュロンは、感覚がもたらすものへの懐疑論を蒸し返し、人間の認識の相対性と、対象としての世界への懐疑的態度を洗練したものに高めた。彼の思想は一貫した懐疑によって彩られているので、懐疑主義の名を冠せられることとなり、彼とその弟子たちはスケプティコイ(懐疑するものたち)と呼ばれるようになった。

ヘレニズムの思想は、自然や人間についての客観的で普遍的な真理を追い求めようとする姿勢を放棄し、人間の主観的な満足を求めるものへと転化したのであるが、ピュロンらの懐疑主義の哲学は、こうした時代の雰囲気と一致していた。世界の客観的な真理などというもののかわりに、人間の世界への消極的なかかわりを容認し、そこに心の安らぎを求めようとする立場にとっては、懐疑主義は格好の言い訳を作ることになったのである。

ピュロンはエリスに生まれ、アリストテレスとはほぼ同時代人である。アレクサンダー大王に従ってインドにまで遠征したとされる。その際ピュロンはインドの托鉢僧やペルシャのマゴス僧と交わり、彼らから懐疑的な態度を学んだのだといわれる。或は師匠のアナクサルコスとともに東方までさすらいの旅をしたのだともいわれるが、ともあれこうした経験を踏まえ、彼独自の懐疑主義思想を抱くに至ったのであろう。

ピュロンの思想の要点は、ものごとの真理は把握できないという主張と、したがって哲学者のとるべき正しい態度は判断を保留すること(エポケー)であるとする点である。

ピュロンによれば、人間はものごとをそのもののあるがままにではなく、人間に現れ出るその形において知覚するに過ぎない。したがってひとつの物事のあらわれは、人間の数ほど異なって見えるのだ。

それであるから、物事は「あれ」であって、「これ」でないということはできない。客観的な真理などというものはありえないのだ。だから我々は、すべての断定を避け、「そうもいえる」、「そうかもしれない」、「おそらくそうだろう」という具合にいわなければならない。

ピュロンのエポケーは、世界に敢然と立ち向かうことなく、人間を主観的な世界に閉じ込める。そしてそこに心の平安をもたらすような効果が生まれてくる。こうした懐疑的な雰囲気の中で生きる人びとには、世界へのある意味での無関心さ、つまり懐疑的なアパテイアが生じてくる。このアパテイアはヘレニズムの時代を特徴付けた個人主義と、よく調和したに違いない。

ピュロンはこのような無関心さを、思想においてだけでなく、実生活でも貫いたとされる。あるとき、師匠のアナクサルゴスが沼に落ちたことがあったが、ピュロンは助けようともしないで、そのまま歩き去った。その態度を多くの人びとは非難したのであるが、アナクサルゴス自身は、ピュロンの無関心さをかえって称賛したという。

ピュロンは90歳近くまで生きたとされるが、その著述は殆ど残っていない。彼の説は弟子のティモンによって伝えられたが、ティモン自身も懐疑主義の思想を一歩進めたのであった。

ティモンはギリシャ人が認めた唯一の推論である演繹的推論を論難したことで知られる。すべての演繹的推論は自明とされる一般的な原理(大前提)から始められなければならないが、ティモンはそのような一般的な原理というものの可能性を否定したのである。

ティモンはどのような事柄或は原理も、ほかの何者かで証明されなければならぬとした。彼にとっては、すべての人にとって共通な普遍的かつ客観的な前提などありえなかった。だから何かあることに関して議論する際には、その前提となる事柄に関して、定義をしておく必要がある。これがティモンの懐疑主義にもとづく学問的な態度であった。

ティモンはそうすることによって、あらゆる論証を循環論の袋小路に追いやってしまった。

今日でも一部の辞書では、石は岩の小さいものであると説明し、岩は石の大きいものであると説明している。これは明らかに循環論法である。経験的に石の何たるかを知っているものにとっては、それは岩によって説明する必要のないものなのだ。

辞書が石を正しく定義しようとすれば、それは次のようなものにならなければならない。「石とは読者が<石>という日本語を通じて表象している当のものである。それは読者が知っているように、河川敷に転がっていることもあるし、山中に転がっていることもあるし、その辺の道端に転がっていることもある。読者はそれを拾って空や水面に向けて投げたことがあるだろう。」と。

ティモンの要求を満たそうとすれば、このような説明は許されない。だから先ほど言及した辞書のように、循環論法から逃れるすべがないのである。




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