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丸山真男「日本の思想」を読む


丸山真男の「日本の思想」は不思議な本である。この本はいまや、日本の思想というテーマに関する古典の一つとしてゆるぎない名声を獲得しているといってよい。それ故、日本の思想を学ぶ学生にとっての必読書にもなっている。ところがこの本を読んでも、日本の思想というテーマについて、具体的な知見が得られるかと言えば、必ずしもそうではない。むしろ期待が裏切られることの方が多いかもしれない。というのもこの本は、「日本の思想」をテーマにしていながら、日本には厳密な意味で思想といえるようなものは存在しなかったというのだから。

丸山がこの本のなかで言っている「日本の思想」には特別な意味合いがある。単なる「思想」ではなく「日本の思想」というからには、力点は「思想」よりも「日本」のほうにあって、その日本という一つの歴史的共同体の精神を貫いている「思想」が問題になる。どの時代のどの社会にも、個々バラバラにてんで勝手な思想を抱く者は存在しうるが、それだけでは、その社会が思想を持っているとは断言できない。個々人の思想を単純に合計しても、社会全体の思想が出来上がるとは限らないからだ。個々人の思想と社会全体の思想との間には、連続と断絶とが共存している。

そこで、日本についてはどうか。日本でも様々な時代に様々な思想がとなえられたことはたしかだ、と丸山は言う。しかし問題なのは、そうした個々の思想が、いわば打ち上げ花火のように一回限りの現象に留まって、伝統として蓄積されることがなかったことだ。その結果、「自己を歴史的に位置付けるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった」と丸山は言うのだ。

ヨーロッパでならキリスト教がこの「座標軸」にあたる。ヨーロッパの思想史はキリスト教という確固たる座標軸を巡って展開されてきた歴史である。その座標軸はただ単に思想のみならず、社会や政治の仕組にも働きを及ぼしてきた。中国の場合には、良い悪いは別にして、儒教的な伝統が座標軸として働いてきた。ところが日本にはこうした座標軸がついに形成されなかった。

この座標軸の重要性を最もよく理解していた明治の政治家は伊藤博文だったと丸山はいう。伊藤は、憲法を制定するに当たり、憲法の思想を貫く基軸たるべきものが存在しなければならぬと認識していた。「基軸ナクシテ政治ヲ人民ノ妄議ニ任ス時ハ、政其統紀ヲ失ヒ、国家亦タ随テ廃亡す」(明治21年6月枢密院での所信)

日本が手本とするヨーロッパにおいては、憲法政治は長い伝統を有し、その背後に宗教というものがあって人民の考え方をおのずから導いているが、日本にはそれに相当するものがない。そこであらたにこの基軸たるべきものを作り出す必要があるが、何を以てそれに充てるべきか。伊藤はそれを皇室に求めた。

「我国ニ在テ基軸トスヘキハ、独リ皇室アルノミ。是ヲ以テ此憲法草案ニ於テハ専ラ意ヲ此点ニ用ヒ君権ヲ尊重シテ成ルへク之ヲ束縛セサラン事ヲ勉メリ」(同上)

ここから国体と言う観念が出来上がった。国体とは皇室(天皇)を国家の権威の淵源とする考え方のことである。それがその後の日本にどのような猛威を振るうようになったかは歴史の物語るとおりであるが、それが明治憲法の制定と抱き合わせの形で導入されたことに意味がある。

しかし、一国の政治体制の根幹にかかわるものが、たいした軋轢もなく導入され、それが猛威を振るうようになるというのは、考えてみれば不思議なことだ。普通ならそんなにうまくは運ぶまい。ところが明治の日本ではそれがうまく運んだ。ということはそれに対抗できるだけの勢力が無かったということだ。それもそのはず、日本には、新しいものに対して、それを評価するための基準となる思想体系が存在しなかったからだ。

こうして、座標軸となる思想体系の不在、それが「日本の思想」の特徴だ、と丸山は結論付けるわけである。




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