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プラトンの哲学


プラトン(BC427?-347?) は、古代ギリシャ人の思想を、よきにつけあしきにつけ、もっともよく体現した哲学者である。師ソクラテスの概念的思考を受け継ぐとともに、古代ギリシャの非合理的な精神に哲学的な衣をまとわせ、数々の対話編のなかで、美しく描いた。プラトンのイデア論は、西洋哲学の基本的な思考の枠組として、2000年にわたり巨大な影響を及ぼした。ニーチェに始まる西洋現代思想は、ことごとくプラトンを乗り越えることを最大の目標としてきたと言ってよい。。要するに、西洋思想そのものと言ってよいような、巨大な存在、それがプラトンであったわけである。


プラトンは直接的にはソクラテスの教えから出発した。彼がソクラテスから学んだことは、現象や行為から出発しながら、それらを相互に比較検討し、偶然的なものから必然的なものを、個別的なものから普遍的なものを区別し、具体的な事象を通じてその背後に変わらぬものとして存在しているものを、概念的な知として引き出す方法ないし態度であった。

だがプラトンはこのソクラテスの教えに満足するだけにはとどまらなかった。プラトンは概念的で理念的な知を単に人間の知的営みの対象とみなすにとどまらず、それに実在性を付与した。イデアは、理念的な知であるに留まらず、現象や感覚を超えた永遠の実在としての地位を与えられたのである。観念に実在性を認めるこの態度は、観念論という形をとって、その後の西洋哲学を方向付けることとなる。

プラトンは紀元前427年頃に生まれたとされているから、ソクラテスが死刑判決を受けたときには28歳前後の青年であった。ソクラテスに師事したのは20歳の頃とされているので、ソクラテス晩年の弟子であったことになる。その晩年のソクラテスから、プラトンは主として弁証法的な学問態度を学んだと思われる。つまり、日常の事象から出発して、概念的な知を求めていく態度である。プラトンの初期の著作、「ゴルギアス」、「プロタゴラス」、「ラケス」などには、そうした精神的な営みが若々しく描かれている。

プラトンはアテナイの貴族階級の出で、30人僭主政治の指導者たちとは深いつながりがあったようだ。クリティアスは母の従兄弟であったし、カルミデスは叔父であったとされる。こんなことから、プラトンはアテナイの民主政治には強い反感をもっていた。彼がやがて、哲人による統治を理想の政治形態として考えるようになるのは、このような背景にもよるのである。

民主政治を嫌ったプラトンは、ソクラテスの死後遍歴の旅に出る。まず相弟子のエウクレイデスを頼ってメガラに行き、その後キュレネ、エジプト、南イタリア、シケリアと巡回した。その間、アテナイにあっては接することのできなかったさまざまな説、特にパルメニデスやピタゴラスの説に接し、それらと格闘しながら自らのイデア説に磨きをかけていった。

パルメニデスからは、あるものはあり、あらぬものはあらぬ、存在は一であり、多様は仮象であるとするその説を敷衍して、実在は永遠で無時間的なものであり、またそれに対してすべての変化は錯覚でなければならないという見解を導き出した。

ヘラクレイトスからは、感覚しうる世界には永遠のものは何も存在しない、という否定的な結論を引き出した。これとパルメニデスの説とを結びつけて、変化する事象は実在するものではなく、したがって真の知識は感覚からはもたらされることがない、それをもたらすのは知性のみであり、しかもその対象は永遠に実在するイデアなのだという考えにたどりついた。

ピタゴラスからは、論理的、哲学的な内容というよりは、宗教的な態度を吸収したようである。つまりオルフェウス教を根底においた、不死の信仰や神秘主義といったものである。これはプラトンにそもそも備わっていたと思われるものが、ピタゴラスを通じて確固たるものに高まったとも受け取られる。プラトンは後に「洞窟の比喩」のなかで、このピタゴラス的な世界観の一端を披露することになろう。

ギリシャ哲学には、タレスに始まりデモクリトスにいたって一つのピークを迎える自然哲学の流れが一方にあったことはこれまでにも述べてきたとおりである。その流れをギリシャ哲学における科学的合理精神の流れであるとすれば、他方には、オルフェウス教の影響を受けた非合理的な精神の流れがあった。

プラトンはデモクリトスらの自然学の伝統には殆ど考慮を払っていないかのようである。その学問の態度は師匠のソクラテスのそれを受け継ぎ、弁証法を通じて概念的な知を見出していこうとする、ある意味で合理的な精神に満ちたものではあったが、とくに晩年にいたってそうであるように、その軸足は非合理的な伝統に強く傾いていたといえるのではないか。もっとも、プラトンはタレス以来のギリシャ自然哲学の伝統と、叙事詩・抒情詩・悲劇という流れで発展してきたギリシャ文芸の伝統とを、いずれも一身で体現したとする藤沢令夫のような見方もある。

なお、プラトンの著作活動を、生涯の三つの時期に区分して整理すると次のようになろう。
・初期~ソクラテスが刑死した28歳ごろから40歳ごろまで(ソクラテスの弁明、クリトン、プロタゴラス、ゴルギアス、ラケス、メノン、これらは個別の事象をテーマにして概念的な知について考察したもの)
・中期~アカデメイアに学園を開いた40歳ごろから60歳ごろまで(饗宴、パイドン、国家、パイドロス、これらを通じて、イデア論、プシュケー論、哲人統治論といったプラトン特有の思想を展開した)
・後期~60歳以降の最晩年(パルメニデス、テアイテトス、ティマイオス、法律、中期の思想をさらに掘り下げるとともに、壮大なコスモロジーをうちたてた)



プラトンの対話編「テアイテトス」:感覚と知
プラトンのイデア論:観念論の創設
プラトンの倫理学:個人と国家
プラトンの国家論:原始共産制的階級社会
プラトンの自然哲学:ティマイオスと宇宙創生説
プラトンの不死説とギリシャ人の霊魂観

パイドロス読解
パイドロス読解その二
パイドロス読解その三
パイドロス読解その四
パイドロス読解その五
パイドロス読解その六
パイドロス読解その七
パイドロス読解その八
パイドロス読解その九
パイドロス読解その十
パイドロス読解その十一
パイドロス読解その十二

饗宴読解
饗宴読解その二
饗宴読解その三
饗宴読解その四
饗宴読解その五
饗宴読解その六

パイドン読解
パイドン読解その二
パイドン読解その三
パイドン読解その四
パイドン読解その五
パイドン読解その六
パイドン読解その七
パイドン読解その八

テアイテトス読解
テアイテトス読解その二
テアイテトス読解その三
テアイテトス読解その四
テアイテトス読解その五
テアイテトス読解その六
テアイテトス読解その七
テアイテトス読解その八

藤沢令夫「プラトンの哲学」



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